気仙沼での仕事でトラブルがあって遅くなりホテルも空きが無かったので盛岡まで帰る前に海沿いのパーキングエリアで、運転席のシートを倒して仮眠してた。
ふと目が覚めて、半分寝ぼけながら今何時だ?と思い助手席に置いておいたスマホを見ると、深夜1時だった。
寝る時は22時過ぎで、30分後くらいにアラームセットしてたのにナゼかアラームが鳴らなかったのを不思議に思う気持ち随分と長く寝てしまった事を後悔する気持ち。
盛岡に着くのが遅くなるのを考え、すっかりブルーになった気持ちと頭の中でいろんな感情がグルグル回っていたけど尿意を催したのでシートを起こして、車外に出た。
周囲に誰も居ないのを確認して、物陰で立ちションをしてスッキリした安堵感の中、車に戻ろうとしたらナトリウム灯のオレンジ色の光に照らされて誰か居るのが分かった。
俺は「やべー、立ちションしてたの気づかれたかなー?」と思いつつも人影を横目に車に向かって歩いた。
人影がこちらに向かって歩いて来たので俺が逃げようと、早く歩くとその人物が話しかけてきた。
「すいません! すいません! 助けてください! お願いです!」
若い女性の声で、随分と緊迫した様子だったので俺は何事かと立ち止まって、近づいてくる人影の方を見た。
明かりに照らされたのは、20代後半の女性でショートボブの髪型にレイヤードチュニックを着ていて、スニーカーを履いていた。
パッと見、専業主婦っぽいけど何で深夜に、しかも海沿いのパーキングエリアに若い主婦が居るんだろう?
と少し訝しく思っていたらその主婦っぽい女の人が再度話しかけてきた。
「すいません! た……助けて! お願い……」
女の人は俺の前で崩れるように座り込んで、両手で顔を覆って、泣き出してしまい俺は『これは厄介事に巻き込まれたな……』と少々嫌な気持ちになりながら女の人に何があったのか聞くことにした。
「どうしたんですか? 何があったんですか?」
そう俺が聞くと、女の人は涙で濡れた顔を上げて
「娘とはぐれたんです! 私が手を離したから……私が……」
そう言って、また両手で顔を覆って泣き出してしまった。
女の人の風貌からすると、娘さんはせいぜい幼稚園児か小学校1年生くらいだろうと思われて小さい子が行方不明じゃ、大変だと思い警察に連絡しようと、上着のポケットからスマホを取り出して110番をダイヤルしたけど、いっこうに電話が繋がらない。
スマホの画面を見るとアンテナピクトのところが『圏外』の表示になっている。
気仙沼の町の中なのにおかしいな思いつつも横で女の人が座り込んで泣いているんで、彼女に「一緒に探しに行きますか? どこではぐれたんですか?」と話しかけた。
彼女は鼻をスンスン啜りながら、憔悴した様子で頭を立てに振って、なんとか立ち上がった。
俺は彼女を助手席に載せて「はぐれた場所、教えてください」と言った。
彼女の指示で車を走らせて、海岸から少し入った更地……
といっても、東日本大震災の前は住宅街だったところで助手席の方を向くと、そこには誰も居なくて、さっき載せたハズの主婦っぽい若い女性がウソのように消えていた。
メチャクチャビックリして、急ブレーキをかけて慌てて車から降りて周囲を見回しても誰も居ないしただ暗闇の中に、所々街灯の灯りがついているだけだった。
なんだか訳が分からないまま、震える指でカーナビを操作して、気仙沼警察署まで走って行き警察署の中に入って行ったら、当直の警官が俺の慌てふためいた様子を見て「どうしました?」と緊迫した様子で訪ねてきた。
俺は今まで体験した事を、そのまま警官に説明すると警官がため息をついて、諭すように俺に言った。
「もう、何人もあなたと同じ体験をしてますよ。震災後の気仙沼じゃ、珍しくもない話です」
俺が呆気に取られていると、警官はさらに話を続けた。
「身元の分かっていないご遺体が多くてね。きっと、成仏出来ずに……いや、自分が死んだことも分からないまま娘さんを探しているんでしょうな……
うちの両親は、幸い2人とも車の中で見つかりましたけど、このあたりじゃ、空の棺桶で葬式やった家も多いし、そもそも一家全員亡くなってしまった家も珍しくない。
そういった人達は無念で仕方がないでしょうね。
……だから今でも彷徨っているんですよ。
気をしっかりして下さい。……少し署内で休んで行かれますか?」
俺は警官の申し出を丁重に断って、警察署を出て先程女性と会った海岸沿いのパーキングエリアに向かって車を走らせた。
パーキングエリアに着いて、車から降りると海に向かって手を合わせて拝んだ。
その後、盛岡まで何とか帰ったけど、途中一度も仮眠は取らなかった。
……というか、眠る気になれなかった。
睡眠不足からくる体調不良で次の日は仕事を休んだけど夢の中に、車に載せた女性が出てきて俺にありがとうって言って消えた。
ウソのようなホントの話
from the dark side.