長い尾を持つ何か

長い尾を持つ何か 俺怖 [洒落怖・怖い話 まとめ]

僕にはいくつかの変な癖がある。
まぁ、本当にどうでもいい癖なんだけど、いやしかし、癖と言ってもいいのか…
とにかく、僕は自己中毒に陥りやすい体質で、極度の緊張などに耐えられなくなると咳き込んで嘔吐したい気持ちになる。
もちろん、実際嘔吐したことはないけれど。

で、時々、緊張もしないのに酷い嘔吐感に襲われることがある。
そんな時は決まって、僕の周り、もしくは僕自身に、奇妙な事が起こる。

始まりはいつの頃か忘れた。
けれど鮮明に、今でも思い出す事がある。

中学3年の頃、ある進学塾に通っていた。
行き来は自転車、その道筋の中に、小さな祠が建てられていた。
確か白い狐が祭られていたから、お稲荷さんだったと思う。
名神高速道路の高架下にあったせいか妙に薄暗い雰囲気だが、それでも僕はその祠が何故か好きで、いつも5円だの10円だの、少しだけ石段に乗せて祈っては、塾から家に帰るのだった。

ある日の事だった。
じめじめとした空気、夏だと言うのに馬鹿に薄暗い空。
僕は塾から家までの道のりをのんびり自転車をこいで帰っていた。

今日もあの祠に寄ろう、そう考えていた矢先、雨が唐突に降り出した。
と言っても、ほんの小雨なので特には気にならない。
少し蒸し暑いのが減っていい位だ、慌てる事無くゆっくり自転車をこぎ、

う………

突如、激しい嘔吐感が胸に来た。
吐きたいのに吐けないもどかしさの様なものが渦巻く。
その時は自転車をこいでいたので、ただ早く帰ろうと自転車の変速を切り替えて早くこぎ出した。
そして、妙な違和感に襲われる。
異常ににペダルが重い。
ギシギシ音を立てて、そう、ペダルが重いというか、まるで自転車全体に負荷が掛かっているようだ。

何だよこれ……

変速が壊れたのかと元に戻してみても、その負荷は直らない。
懸命に漕いでいるのに、歩いていく人にさえ抜かされる。

雨は少しずつ強くなっていき、生暖かい空気が首筋を駆け抜ける。

………え。

そして僕は青くなった。

生暖かい空気は、首筋に断続的に掛かるのだ。
そう、例えて言うなら、…後ろに何かを乗せている感じで、

……まさか、

僕は乗せているのか?

……何かを?

そう思った瞬間、背中に怖気が走る。
後ろが振り向けない。
振り向く事が怖い。
心なしか、首に痛みすら感じる。

…こぐしなかい。

ペダルを踏み込み、ただひたすら、僕はこぐ。
嘔吐感は収まらない。
しかし稲荷の祠が視界の端に見えた時ほっとした。
大丈夫だ。大丈夫。あそこに着けば、大丈夫だ。
妙な確信を持って、僕はひたすらこぐ。

首が変に痛い。
でももう少し、
もう少し、

着いた!

稲荷の祠の前で、急ブレーキ。
ガクン、と自転車は大きく傾き、慌てて片足で耐える。
その体制のまま、がばりと祠の方を向く。
首筋に痛みが走る。

……あれ?

在るべきものが、そこには無かった。
白い稲荷の置物は、消えていた。
瞬間、目の端に何かが映る。
白い尾だ。
異常に、長い尾を持つ何かが、僕の横を駆け抜けた。
見惚れるようにその犬の様なものを見ていれば、ソレはあっと言う間に曲がり角を曲がり、視界から消えていった。

思えば、自己暗示というものの一種だったと思う。
僕は事故中毒持ちだし、暗示にかかりやすい。
怖いと思った瞬間、自身で怖い現象を引き起こすのだ。
つまり、極度の性質の悪い怖がり。
そこは今でも変わっていないのが悩みだけれど。

けれど、一つだけ不可解な事があった。
雨に濡れて帰れば、母は飛んできてタオルを投げてよこした。
僕が風邪を引くのも困るけど、部屋が僕のせいで濡れるのはもっと困る。
タオルを置き、さきに僕はシャツを脱いで置き、

…そして、シャツに釘付けになった。

背中の、首元辺りに滲む赤い色が見える。
慌てて母を呼び首筋を見せた。
母は絶句し、僕もその母の言葉を聞いて固まった。

横一文字に、薄く血が滲み出して、そして蚯蚓腫れになっていたそうだ。
首が痛かったのはこのせいだったのだ。
やがて蚯蚓腫れは引いたが、横一文字の傷跡は、今も首筋に残っている。

時々、その名神下の祠の横を通る事がある。
薄気味悪く、曇りガラスの中の狐は、睨むようにこちらを見ている。
昔は何で平気に、ここで立ち止まってお金を置いていたんだろう。

今の僕の方が怖がりなのか、そんな事を思い通り過ぎる。
そして、無意識に、首筋を触る。
一文字の傷が、そこにあることを確認する様に。

それは稲荷の祠の前を通る時だけの、変な癖だ。

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