本所七不思議のひとつに「おいてけ堀」というのがございます。
その堀で大きなフナが釣れますと、どこからともなく
「おいてけ…、おいてけ…」
と聞こえてまいります。
声を無視してフナを持ち帰りますってぇと、この釣り人が祟られて災いに見舞われるという言い伝えなのですが…
釣り好きの熊五郎さん。
腕の方はさっぱりでまったく釣れません。
隣りで大きなフナが釣れたとはしゃいでいる徳兵衛さんを見ていて悪知恵を働かせます。
徳兵衛さんが、さて帰ろうとするところに陰から
「おいてけ…、おいてけ…、さもないと祟るぞ~」
と熊五郎さん。
根っから怖がりな徳兵衛さん。
祟られちゃたまんねえと、釣ったフナを投げ捨てて泡を拭いて逃げ帰ります。
しめしめと、そのフナを拾う熊五郎さんの耳にどこからともなく
「おいてけ…、おいてけ…」
「おい、誰でぇ。おいらの真似しようたってそうはいかねえ」
声を無視して家路に急ぎます。
御新造さん(嫁さんのことです)にさっそく料理させて
「こりゃ、うめぇや。どうだ、おいらの釣ったフナの味は」
などと自慢しております熊五郎さん。
御新造さんも
「ええ、おまえさんの釣ったもの、おいしいですわ」
と仲むつまじいところを見せます。
さて、その夜のことでございます。
熊五郎さんは寝床で
「おいてけ…、おいてけ…」
という声に一晩中うなされます。
翌朝、目が覚めますと、熊五郎さんを見て御新造さんが腰を抜かしてしまいます。
「おまえさん、亀でも助けなさったかい?」
<解説>
『おまえさん、亀でも助けなさったかい?』
浦島太郎がカメを助けて、竜宮城で貰った玉手箱を開けてしまったことを指している。
『おいてけ堀』は本来「置いてけ」のはずだけれども、今回熊五郎は「老いてけ…、老いてけ…」と一晩中うなされて一夜にして髪が真っ白になった。