私は大手電気メーカーの部品を作っている下請け工場で働いています。
職場もアットホームで働きやすい環境だったのですが、私が入社して少し経った時、増設工事が始まりました。
どうやら隣にあった一軒家の豪邸を買い取ったらしく、工事はスムーズに進みましたが、一軒家の中には入れないスペースが半分程あるような感じでした。
それに会社と一軒家を最短で行き来する道は、外にある階段しかありませんでした。
雨の日などはとても不便で使いにくく、私は中に階段があればいいのになと常に思っていました。
そんなある日、私が1人で一軒家の下の作業部屋で仕事していると、家の中に階段があることに気付きました。
その階段は作業部屋の隅にあり、余り目のつかない場所にありました。
普段は仕事で使うダンボールで隠れていた為、今まであることすら分かりませんでした。
ダンボールをどかしながら階段の近くによると、階段の前には黄色い柵のような引き戸がありました。
柵は乗り越えるには背が高く、階段を上るにはその引き戸を開けないと行けないようになっています。
私はなんとなく引き戸を開けてみようと思い、ダンボールの隙間から手をかけました。
「開けちゃいけない!」
突然後ろから部長の大声が飛んできて、私は声を出して驚きました。
いつの間にか部長がいたことにも驚きましたが、部長は私が1人で作業していることが心配だったみたいで見に来てくれたみたいでした。
「こんな所に階段があったんですね。気づきませんでしたよ。」
と話題にしてみたのですが、部長は
「あぁ…そうなんだ。まぁ上には何もないよ。」
と言うだけです。
私は素直にそうなんだと思い、あまり気にはしていませんでした。
数日後、会社の大掃除が始まりました。
私はまたしても作業部屋を1人で掃除していました。
一段落付いて引き戸のことを思い出し私は、せっかくの大掃除だから階段の所も掃除しようと思い、引き戸まで行きました。
引き戸の前にあるダンボールを全て退かしてみて目に飛び込んできたのは、引き戸一面に貼られた無数の御札でした。
一瞬にしてマズイ!と思い、嫌な空気が張り詰めた気がしました。
階段からは冬なのに、生暖かい風が流れてきます。
怖いながらも気になって階段を見上げてみると、不思議と吸い込まれる感じがして、階段に足をかけていました。
2階に上がるにつれて息苦しく、汗が出るほどに熱かったのを覚えています。
薄暗い2階を見て回っていると、後ろで
ピッシ…ピッシ…
何かが音を立てているのに気が付きました。
振り向くと、立て掛けてある大きな鏡にヒビが入っている事に気が付きました。
そのヒビは私が見ている前で、どんどん増え続けました。
私は、言葉も無くただ見ているだけでしたが、最終的に鏡は大きな音を出して私の方に倒れてきました。
その音を聞きつけた部長が、一軒家の2階へ駆けつけてくれました。
幸いにも私は無傷で、部長は私が落ち着くまで一緒に居てくれました。
そして、あの引き戸を開けてはいけないことも教えてくれ、もっとちゃんと話しておけば良かったなと謝られました。
実はこの一軒家は、部長の持ち物だったそうです。
部長には親しかった親友がいて、その親友が最初この一軒家に住んでいたのですが、ノイローゼになり生活苦から若くして自ら命を絶ったそうです。
部長は、その親友の弔いを込めて親友の代わりに住むことに決めたそうです。
しかし部長家族も、住んで1週間もしない頃から変化があったそうです。
子供は夜中に鏡を見て誰かと話しているし、赤ちゃんみたく急に泣き出したりと何かに操られているみたいだったと言っていました。
奥さんも、引っ越して直ぐ怪我をしてしまったそうです。
怪我の原因は自転車で転倒とのことでしたが、奥さんはその時の状況を
「誰かに肘を引っ張られる感じがして倒れてしまった」
と話したそうです。
当然、転倒した際周りに人影は無かった模様とのことです。
部長は引っ越してから肩が常に痛いと言っています。
引っ越してから毎晩、寝ると体を押さえられている感じがしてとても寝られず、それが原因だと思ったそうです。
そこで、部長一家は御払いをしに行くことにしたそうです。
御札をもらってきて鬼門と呼ばれる場所、つまり階段の引き戸に貼ったそうです。
それから異常はなくなったそうですが、住みにくかったのでしょう。
部長一家は、引っ越す事を選んだそうです。
部長が住んでいた家が会社の隣だったことから、家は会社の社長に渡し、部長は新たに新居を構えたことで問題なく暮らしているそうです。
その一軒家の豪邸は、近々取り壊される予定だそうです。