この話はかなり長くなるので、分割して流します。
あれは、まもなく30歳になる長男が、まだ小学6年の時だから20年近くも前の話です。
当時、長男小学6年、長女同3年、次女5才、妻と私の5人。
その年の春休みに、家族でスキーに行こうと言うことになり、知りあいの生保レディの紹介で、彼女の勤める会社の保養施設に2泊3日で出かけた。
場所は蓼科高原。
東京を朝出発し、春の気持ちのよいドライブと行楽を楽しみながら、ホテルに着いたのは午後2時か3時頃だったように思う。
そこは比較的新しい、社員保養施設といってもオシャレな感じのとても立派なホテルで、彼女の勤める保険会社が福利厚生用にいくつかの部屋と契約しているとのことだった。
部屋は忘れもしない613号室。
ドアを開けると右側に下駄箱とクローク、廊下を左に曲がるとトイレにバスルーム、廊下の右手が6畳の和室、廊下の突当りが窓に面したリビング兼用のベッドルーム(ツイン)。
大まかにこんな感じで、明るくて手入れの行き届いた、こぎれいな部屋だった。
夕食まではまだ時間があり、私たち夫婦は風呂に入ったりお茶を飲んだり、子供達は持ち込んだTVゲームなどで時間をつぶした。
ホテルの決まりで食事はレストランでとのこと、妻が『さあ、みんなで行レストランへ行きましょう』と皆に声を掛けると、長男が『ホテルに着いてから急に具合が悪くなったので食べたくない。』とのこと。
普段活発な子で、夕食が摂れないなんて珍しいことだった。
風邪でもひいたかな、と心配しながらも4人だけで食事をした。
TVを見たり明日の予定を話したり、程なく就寝時間。
子供達は和室に寝かせた。
私たち夫婦はツインベッドへ。
妻は和室に接した側のベッドで私は窓側のベッド。
妻はすぐに寝込んだようだが、私が眠れない。
1時間、2時間経ってもまったく眠れないのだ。
ここ10年ぐらいの記憶ではそんな事はほとんどなかった。
大体がアルコールが好きで、(決して大酒飲みではないのだが。)いつも就寝前にはほろ酔い状態で床に入り、自慢ではないが、さあ、寝ようと思ったら5分と持たない方だ。
ところがその日に限りなぜか眠れない。
眠れない理由は…と、今日1日の事を思い返してみた。
ドライブで疲れたのだろうか…いや、とても快適でゆとりのある一日だった。
それなら飲み過ぎか…いや、普段と全く変わらない。
そんな事をつらつら考えていると、隣の和室から長男がトイレに起きてきた。
寝ぼけているのだろう、ここが何処だか分からない様子だったが、すぐにトイレの場所を思い出した様子で、薄暗い廊下を歩いていった。
すると、急に『ワッ!』という何かに驚いた長男の声が聞こえた。
そして少し間をおきトイレのドアを開け用を足す音が聞こえ、戻ってきたので、さっきの声は何に驚いたのかと聞くと、半分寝ぼけてモゴモゴ聞き取れないことを言いながらゴソゴソ布団に潜り込んで寝てしまった。
私もその事はすぐ忘れたが、相変わらず眠れない。
それからどのくらいの時間が経ったかわからないが、急に体中に電気が走った。
体が半分硬直し、小刻みに震えだした。
それと、キーンという金属音。
それと同時に何か顔の前に異様な気配を感じた。
恐る恐る目を開けると目の前に、まさに真上に女の顔。
もちろん女房ではない。
見たこともない女が私のベッドに馬乗りになり、真っ直ぐに私の顔を見つめている。
ちょうど10センチ位の距離で鏡で自分のを見るように真正面だった。
とても青白い顔で目をまん丸く見開き、私が誰なのか、この男の素性を必死で見抜こうと、食い入るように見つめている。
それでいて妙に表情が無い。
憎いとか、恨みとか、怒りとかのいわゆる人間の表情と云うのががまったく無い。
あまりの恐怖にすぐに目を閉じた。
目を開けていたのは1,2秒だったと思う。
その短い間にその女の状態がすべて私の目に焼き付いた。
当時30代半ばのいい大人として、まったく恥ずかしい話だが、頭から毛布をガバッとかぶりそのままかがみ込んだ格好で隣のベッドに寝ている家内の所へ飛び込んだ。
怖さでがたがた震えながら、(人は怖い思いをすると本当に体ががたがたと震えると言うことをその時始めて体感した。)
怖くて明け方まで女房に抱きついていた。
年齢は25~30位、かなりの美人だった。
ヘアスタイルも顔の輪郭もはっきり覚えている。
仕事柄もあるが今でも似顔絵を描くつもりなら、かなり細部まで描けると思う。
今あったことを家内にしがみ付いたまま震えながら話した。
特別驚いた様子はなかった。
明け方になっても目を開けるのが怖かった。
少し気が落ち着いてきたのは、かなり明るくなり子供達も起き出してきた頃だ。
目を覚ました長男に夜中のことを聞き直すと、トイレに行くとき入り口のドアのそばに白い服を着た女の人が立ってたのでびっくりした。
でも寝ぼけてたから勘違いと思ったけど怖かった。と言う。
勿論同一人物?であろう。
家内はかなり霊感の強い方だ。
聞くと妻はこの部屋に入った時から変なものを感じていたが、あえて言わなかったそうだ。
妻はいつもそうだ。
今でも時々旅行などでホテルに泊まったりする。
すると翌朝、ゆうべ出たの知ってた?なんてさらっと言うことがある。
その時言うと僕が怖がるからだそうだ。
話を戻すが、今回は2泊の予定だ。
もう怖いから帰ろうと頼んだが、子供達がどうしても帰りたくないと言う。
久しぶりの親子旅行で、とても楽しみにしていたスキー場だ、無理もない。
それなら100歩譲って部屋を替えてもらおうと提案。
女房が反対した。
女房が言う。『この春休みの時期にただ同然でこんな素敵なホテルに泊まらせてもらってるのに、その上、贅沢にも部屋を替えろなんて言えないわ。
それに、どんな理由にすればいいの?オバケが出たからイヤだって?。』
‥‥確かに女房のおっしゃる通り。
通用しにくい。
女房はバッグの中からなにやらゴソゴソ取り出した。
小型の手帳位の大きさの般若心経だった。
何でこんなものを持って来てるんだと感心した。
女房曰く、昨日ここに来るとき近くにスーパーがあったから、そこでお清めの塩を買ってくるから大丈夫よ。
このときばかりは女房がとても頼もしく見えた。
気を取り直してスキーに行く事にしたが、長男の具合はまだ悪く、スキー場には行きたくないと言い、気になったが部屋に残した。
その前に少しだけ話を戻します。
朝、そろそろスキー場に行こうかと話していると、メイドさんが2人か3人でやって来た。
その人達はほとんど愛そうが無く、無表情で、驚くほどテキパキとした仕事ぶり。
というか何かあわてている感じもした。
一刻も早くこの部屋から出て行きたい。といった印象だった。
その瞬間、もしかするとこの人たち、この部屋のことを何か知っているのでは・・・?と思った。
ただの勘ぐりかも知れなかった。
その時ほんの一瞬でも言葉を交わすタイミングがあったら、その事を聞いてみようと、その間を見計らっていたが、ついにタイミングが見つからず、あっという間に帰ってしまった。
もっとも、ルームメーキングは、スピーディーにこなすのがあたり前と思うかも知れない。
しかし、それにしても早すぎると思った。
だが、後になって、2人は“その事を知っていた”はずだと確信した。
ゲレンデはホテルからは10~20分位の所だったと思う。
そこは、小さなゲレンデという印象の他は記憶がほとんど無いし、意味がないので割愛する。
午後は早めにゲレンデを切り上げた。
ホテルまでの帰り道に都合よく小さな商店があったので、女房の言っていたスーパーではなく、その店で“清め”の塩を2~3袋買い込んだ。
(1?位入った普通のビニール袋入り)これだけあれば充分すぎるだろうと思える量を部屋に持ち込みたかった。
※ここで少し訂正しておきます。女房が『近くにスーパーがあった。』と言っていたのは僕の記憶違いかも知れない。これを書いていて“スーパー”といえるような大型店が、当時、あの辺りにあったかどうか今、疑問に思えてきたので・・・。
とにかく、塩でも肉、野菜でも何でも売っていそうな店のことを、そんな風に彼女は言っていたと思われる。
(ディテールにこだわるようで申し訳ない。つまらないことでした。)
ホテルに戻ると、心配していた長男に特別変わった様子はなく、安心した。
さっそく塩で部屋を清めた。
清めるというより、とにかく部屋中に塩を降りまいた。
用意した塩をすべて使い切り和室などもザラザラになった。
女房は例の般若心経を振りかざして、キェーイ!。キェーイ!。と大きな声をはりあげながら部屋中“お清めの儀式”風な事をして回った。
これは、梅ヶ丘のU先生(霊能者)(当時、すでにご高齢で今はもう亡くなられた。)から教わった方法との事。
かなり迫力があり、子供達も私も突然見せたいつもと違う母親のド迫力に呆気にとられた。
と同時に少し気持ちが落ち着いた。
その夜はいつもより多めに酒を飲んで床につき、そのせいか思いのほか早く眠りにつけた。
しかし、夜中突然誰かがものすごい勢いで僕におおいかぶさり、抱きついてきた。
一瞬体が凍ったが、それは女房だった。
そして震えながら怖い、怖い、怖い、と言い、かなり怯えている。
震える声で、女がおおいかぶさって来た、と。
やはり来たか、と思った。
2人で布団を頭までかぶり、抱き合って朝まで震えていた。
2人とも昨日のように、明るくなってから起き出し、女房にその女の髪型や、顔の感じなどを詳しく聞いた。
それは、くるくると巻いた今で言うならゴージャス風なカーリーヘアで、一見お水系の、あまり素人の女の人はしない特殊的なスタイルだった事。
しかもそれが妙に乱れていた事。
異様に見開いた眼が蛍のようぼーっとした明るさで、しかもきらきらと特徴ある異様な光り方をしていた事など、そんな細部までは
女房に話していなかったので、その特徴がかなり細かな部分までぴたりと一致し、あらためて驚いた。
2晩の体験で、この人はこの部屋の住人だと思った。
おそらくこの部屋で自殺したのではないかと直感した。
和室とベッドルームは襖で仕切られていて、鴨居から上は天井部分まで、30センチ程何も無い、空間だけの欄間になっており、しかも畳の部分はベッドルームより20センチ程高くなっている。
つまり、下図のような作りになっている。
天井
┌-----------------------------┐
│ │ |
│ 空 間 |
│ ■←鴨居 └┐
│ │ ?
│ 和室 │ |←窓
│ │←襖 |
│ │ |?←手摺
│ │ |?
│ │ 妻が寝た 私が寝た ┌┘│
└----------┐ ┌------┐ ┌------┐|
│ │ ベッド │ │ ベッド │|
└─-----------------┘
〈部屋の断面図〉和室の奥が廊下で、左に行くとトイレと入り口
この鴨居にひもを掛けて首をつったのか。
ちょうど女性にも手頃な高さと思えた。
それでなければ窓から飛び降りたのか。
窓には転落防止用の簡単なアルミ製の手摺が取付けてあったが、その気になれば楽に乗り越えられる高さのものだった。
窓の下は空き地になっており、下まで障害物は何もなかった。
ただ6階の高さから飛び降りて、はたして人は死ぬ事ができるか。
微妙なところだと思う。
あるいは何かの事故だったかも知れない。
いずれにしろ、悲しい死に方だったのだろう。
今あらためて、ご冥福を祈りたい気持ちだ。
さて、その朝早めにチェックアウトを済ませ、ホテルを出たが、その後のことはほとんど記憶がない。
その3日間のうち、部屋の中に居た間だけ、スポットライトを当てたように今でもはっきり記憶に残っている。
その前後の事はほとんど記憶していない。
まったく奇妙な旅行だった。
私の話は以上である。
ところで、ホテルを紹介してくれた女性だが、当時生保レディ一として、バイタリティー溢れる仕事ぶりには感心していたものだが、今では都内の有名な支店の支店長にまでなったという。
彼女と私の女房とは、娘同士が小学校の同級生という事もあり、現在も友人関係が続いているが、彼女にはその時のことは一度も話していないそうだ。
だらだらと長い文章におつきあいいただき、ありがとうございました。
すかんぼー