小学校時代だからもう10数年くらい前の話になる。
夏休み、俺は友人のターちゃんと学校の裏山で秘密基地を作って遊んでた。
裏山といっても山っぽくはなくて、松林が延々と広がってる感じだ。
松林に入って5分くらいのところに、松の枝とか太い枯れ木とかを組み合わせて作った基地で、何をするでもなく日々は潰れてった。
実際、何をしていたかはあまり覚えていない。
夏休みもボチボチ終盤に向かい、ジージーうるさいセミからツクツクホーシとヒグラシに変わりだした頃だったと思う。
俺はクーラーの効いた部屋で、宿題の山に愛想つかして提出延期&踏み倒しの算段を練っていた。
ターちゃんから電話があった。
「松林の奥まで行ってみんか」というお誘いだった。
二つ返事でターちゃんちへチャリを漕いだ。
ターちゃんちは俺んちと学校(松林)の間にある。
ターちゃんと合流して学校まで10分。
いつもの様にチャリを校庭に停め、裏の松林へと入って行った。
松林は真夏にも関わらず鬱蒼としてヒンヤリ…ということはなく、やっぱりカラッと暑かった。
地面は砂で歩きにくい。
スニーカーを履いてきたターちゃんは「暑い」とうなだれていたがサンダルの俺は熱い砂がジャリジャリ入ってくるのが不快だった。
5分ほど歩くと俺たちの基地があった。
こないだの台風で小枝部分が崩れてしまい、太い柱くらいしか残っていなかった。
「補修せんといかんねー。」とターちゃんが柱を軽く小突きながら言う。
「もう休みも終わるからいいよ。他の奴にもバレてきてるしねー」と俺は先を急ぎながら言う。
正直、クラスの別の奴にもこの基地がバレつつあり、「秘密度」が落ちてきたことから俺はここを見限るつもりでいた。
基地から先の松林にはあまり行ったことがなかった。
獣道すら無いようなところだったし、それ以上行ったら迷いそうな気がしていたからだ。
しかし今日はイク。
ン゙イックゥ!!!それが今日の目的だ。
ターちゃんと俺は基地の残骸の枝を振り回しながら、邪魔な枝や草を払って奥へと進んでいった。
相変わらず松林はカラッとしている。
松林は「鬱蒼」といった感じにはならない(少なくともうちのとこは)うえ、時間にして昼1時頃だったので、怖いという感覚はなかった。
帰り方も顧みず、ガンガン進む俺達。
しかし思わぬところで俺達の歩みにブレーキがかかった。
喉が乾いたのだ。
当時は、ペットボトルという気の利いた容器すらイマイチ浸透していなかった。
プルタブが取れる時代である。
コーラのプルタブを集めて応募するような時代である。
飲み物を持ち運ぶという意識が俺たちは薄弱だった。
勢いでスタートを切ってしまい失敗することはいまだにあるが、このミスはその走りであったように思う。
喉が渇いた旨をターちゃんに伝えると、ターちゃんも同様であった。
帰るか、と思ったその時、目に入ったものがある。
パン屋のトラックの荷台(コンテナ)?である。
これ自体田舎では別に驚くようなものではない。
払い下げのコンテナを農家のおっちゃんが倉庫用として使用していることはよくある。
ただ、この松林の奥にあることが意外だった。
コンテナの中を開けるとそこには…ということは無かった。
開ける勇気もなくそこを去ってしまったからである。
コンテナに描かれたパン屋のキャラクターが赤錆びていて不気味で、急に心細くなってしまったのだ。
来るときよりも早足で俺たちは来た道を戻った。
つもりだったが、来る時に斜めに進んだのがいけなかったのかもしれない。見事に迷った。
基地を作った当初に俺が書いた「秘密基地の地図(社外秘)」をあわてて取り出すが、今日来た道は初めての道。
クソの役にも立たなかった。
立ち止まって考え込む俺ら。
とそこに、
「なんしょんやわらああああああ!!」
ただでさえ焦りを感じだした俺達の心臓を握りつぶさんばかりの怒号!
スニーカーターちゃんは脱兎。
サンダル俺はもつれてこけた。
ターちゃんのTシャツの背中が軽やかにひらめくのをやたら鮮明に覚えている。
「なああああああああああ!!!1」
俺はすべてが終わるのを感じて吠えた。
「わら何しちょっとかあああ!!!」
オッサンも吠える。
俺に近づくオッサンの手に鎌!鎌て!ああもうマンガみたい!
「ああああすんませんでしたああああああぇえええええん」
もうなんだかよくわかんないまま謝罪する俺。
もう泣くしかない。
「わら何しちょったか!!」
オッサンが問う。
「何もぉぉぉ もう帰りたいですうううう」
俺が答える。
2往復くらいこのやり取りをやったところでようやく事態が落ち着いてきた。
オッサンはどうやら松林の奥で何か農作業をしているとのこと。
ちょこちょこ聞き取れない上、目つきも言動も風貌も怖かったし、まあ、こんなところにいる時点で普通の人ではなかっただろう。
「学校に帰りたいですううぅ」
「迷ったんか馬鹿タレが!」
オッサンは俺を罵りながら手に持った鎌で、ある方向を指した。
「あっちに真っすぐや」
俺は正直ビビった。
あっちはあきらかに俺たちが「今」通ってきた方向。
少なくとも学校側であるはずがない。
どっちかというと松林の奥側のはずだ。
『えっ』と思ったが、オッサンは「あっちや」と静かに言う。
ようやくターちゃんが戻ってきた。
オッサンは
「お前も迷ったか。あっちや。あっち行ってみろ」
と続ける。
ターちゃんはさっきは逃げたくせに
「すんませんでした!ありがとうございました!」
とやたら覇気のある声でお礼をいい、俺の腕をつかんでオッサンの言った方へ歩きだした。
『えっ?こっちはさっき来た方だよ?』
と俺は反論するが、ターちゃんは黙って俺を引っ張っていく。
歩きだがやたら早足だ。
と、オッサンが視界から見えなくなった瞬間、ターちゃんは直角に曲がって猛然とダッシュした。
ターちゃんは倒木を飛び越え、小枝でケガするのも厭わずがむしゃらに走っていく。
帰るうんぬんではなく、ただひたすらあの場から離れたいという感じだった。
サンダルの俺はターちゃんについていくのがやっとだった。
大きな倒木を飛び越えた先でターちゃんは倒木を背にへばりついた。
俺も少し遅れてへばりついた。
「あれやばい。やばい。おかしい。見える。見てみろ」
とターちゃんが倒木越しに今来た道を指差した。
密集した細い枝と倒木の隙間から見てみると、オッサンが、俺達が行ったであろう道を走っていくのが見えた。
「やばい。やばい。やばい何か知らんけどもぉぉ!!」
ターちゃんは嘆きつつもしばらく様子を見てからオッサンと反対の方向に走り出した。
もう何どころではなかった。
俺もベソかきながら、後ろに注意しながらターちゃんについていった。
オッサンの反対側へめちゃめちゃに走っていると、ようやく車の轍があるところまでたどりついた。
「よかった」と泣きそうな俺を、「馬鹿タレ!あのオッサンいつどっちから来るか分らんぞ!」
とターちゃんが一喝。
俺は泣いた。
轍をこっちかな?と思う方に二人して走っていると、正面から軽トラが来るのがかすかに見えた。
『まさか例のオッサンか?』と思い道路わきの茂みに隠れて軽トラを待つ。
軽トラは全然別のおっちゃんが運転していた。
安堵から、ついに俺だけでなくターちゃんまで泣き出してしまった。
おっちゃんは突如現れた号泣小学生2人に狼狽した様子だったが、迷子とだけはわかったのか「外まで送ってくが」と快く俺たちを荷台に乗せてくれた。
さすがに車は早く、楽ちんで松林を抜けることができた。
オッサンの恐怖も忘れ、軽トラの荷台で受ける風をたのしみながらはしゃぐ俺ら。
調子に乗って暴れていた。
「なんしょんやわらああああああ!!」
軽トラの運転席から怒号が聞こえてきた。
俺は泣いた。