ちょっと前の話。
気持ちの整理がついたので、書き込んでみることにする。
俺とS、二人で葛藤するよりも、みんなに知ってもらう事により少しでも楽になりたいと思ったから。
6年前…消防の頃からの幼馴染でもあり、元いた会社で偶然再会を果たしたSと飲みに行った。
平日だが次の日はSが代休という事もあり、
「じゃあ、朝まで飲み歩くか!」
となった。ちなみに俺はただいま独立貧乏中。
市営の安い100パーに車を止め、店までテクテクと歩く。
「S、そういえばこの間、電話出てやれなくてゴメンな。」
「あー、あの時な。ホントに大変だったよ。まぁ今も大変なのは変わりないけど、T(俺の名)だったら信じてくれると思ってな。」
「ん?怖い系の話しかぁ?」
Sの家系は俗に言う「霊媒体質」だ。
現在はSの兄貴夫婦が継いでいる実家の仕事上、ソッチ系の話しのネタは尽きない。
俺も消防の頃の愛読書が「恐怖の心霊写真集」だった事もあり、根はオカルト大好き人間だったが、以前に付き合った彼女の影響や過去に住んでいたマンションでの出来事以来、興味のみで話に首を突っ込むのはやめていた。
だらだらとくだらない話をしながら店に入る。
スーツ姿のサラリー二人が怖い話を神妙に始める…
こんなこと普通の店で始めたら女の子達が皆引いちまうってな事で、入った店はいつもだったら朝方の一番最後に行くタイの店だった。
「今日は来るのはやいねぇー」
エーコが相変わらずの口調で話す。
「くぇrちゅいおぱsdfghjkl;zxcvbんm!」
なに言ってるかさっぱり分からん。
「歩言うytれlkjhgfd!」
「fghjうぇrtxcvbぬい!」
「ゆいあsdfvbんmdh!」
タイ語で何喋ってるかさっぱり分からない中、一番日本語が達者な子に俺だけ外に連れ出される。
「なんだ?お店でなにかあったのか?」
「Sさん、ちょと違うよ!なにかあたでしょ?」
「んなことないよ、いつもどおりだよ。」
「みんな言ってるよ、女の人いる!女の人いる!って」
「はぁ?おんなぁ?」
「そうよー、わたし分からないけど、みんなが女の人いる!って言ってるよ」
「訳分かんねーけど話の内容は分かった。Sに女が憑いてるのな」
「そう、おんなのひと…」
なんだかよく分からないまま再度店内に入り席に着く。
「T、早速終わったらアフターかよ?」
と、ニヤニヤしながらSが言う。
「んな話じゃねーよ・・・S!おまえっ!女が憑いてるらしいぞ!」
「わかってるよ…今日はその話をしようとしてたんだ…」
話の内容は、普通の感覚の持ち主だったら全く信じられないような内容だった。
Sが家に帰り、スーツを脱ぎトレーナーに着替える。
その後洗面所に行き手を洗いうがいをしていると、いきなり玄関が
「ガチャッ!」
と開く音がする。
チェーンも外されているが家の中に人物がいた事は今まで一度たりとも無く、生身の人間の仕業ではないだろうとの事。
チェーンではなく、2重ロック式のディンプルキーに変えたが結果は何ら変わらなかった。
話は続いたが一番驚いたことは、Sはその女の顔を知っているという事だった。
「S、お前何でそのオバハンの顔知ってるの?」
「会ったことがある。しかも家の中でな。ベッドに入ろうとした時、いきなり寝室のドアを爪でこするような音がしたんだ。さすがにビビッた。そしたらドアがいきなり開いて、入ってこようとしたのがそのババァだった…無我夢中でドアを押さえながら蹴りいれたら、なぜかその時は命中して吹っ飛んだにもかかわらず、肘から先だけがドアの内側にへばりついてバタバタ暴れてた…あれは絶対人間じゃない」
「まじかよ…」
エーコと日本語が一番達者な子(名前忘れたから仮にタイ子とする)以外、俺らの席には女の子誰一人として着かず、結局閉店時間となってしまった。
「S、お前引っ越したほうがいいんじゃね?」
「あぁ、まぁ…な。T、もう少し飲まないか?」
「そうだな、明るくいくか?だったらエーコとタイ子誘うぞ!」
「あぁ、Tと暗く話したとこで結果変わらんからな、明るくいこっ!」
エーコとタイ子を誘い出し、開いている店を探す。
さすがに平日だと見つからなく、カラオケBOXでも行こうか?なんて話していたところ、
「Sさんの家いってみる?」
とタイ子が言う。
「おいおい、タイ子おまえ話聞いてただろ?怖くないのか?」
「怖いよ!でもSさんは家に一人でもっと怖いよ!」
「S、どーするよ」
「別にかまわないよ、本気で言ってるのかな?」
「ホンキだよホンキですよー」
残り少ないタクシーを見つけ、Sの家に向かう。
エーコとタイ子はかなりの上機嫌だった。
今となって考えてみると、怖さよりも、男の一人暮らしの部屋に行く事が嬉しかったのかも知れないが。
Sの住んでいるマンションは、少し古いが何ら見劣りすることも無く、逆にうらやましいと思えるくらいのマンションだ。
早速エレベーターにのり、8階で降りる。
「ここだよ」
「おぅ、夜中なのに邪魔してすまない。」
と、少々ビビリはいった俺。
「あぁ、いいって。俺はむしろ大歓迎だよ。エーコもタイ子もさぁどうぞ!」
玄関に入り、Sが鍵を閉めようとした瞬間、俺を見る。
「やばい…鍵がかからん…」
「下の鍵は?とりあえず半分ひねればドア全開にはならないだろっ!」
「分かってる…だめだ…びくともしない」
「俺に貸してみろっ!Sだからダメなのかもしれんっ」
Sをどかし、鍵に手を触れた瞬間!
…ドアノブが回った…
条件反射的にドアノブを押さえつける。
「絶対にいれねーぞ」
と心に思いながら、今思うと既に巻き込まれていたことも分からずに、ひたすらドアを押さえつけた。
「エーコです。あけてよー」
!?エーコだった。
じゃあ…さっき部屋に入った、タイ子ともう一人は誰だ?ほかにもう一人がこの家にいる!俺は気が動転し、エーコの腕をつかみ無理やり抱き寄せた。
Sが土足のままリビングに走る!
「こぉぉぉのやろーー!」
鍵など気にしている暇もなく、エーコを連れて慌ててリビングに向かうと、そこにはソファに座ったタイ子を後ろから押さえつけていた、そう、「女」がいた。
その女は多分50歳前後だと思う。
ただ、なんとなく見覚えのある顔だった。
無表情のそのおばさんは、タイ子を押さえつけながら俺ら?と言うよりSをずっと見つめていた。
何秒くらい互いに見つめあってただろう…俺はその間ひたすらこの女のことを考えていた。
そもそも、タイの店でSに女が憑いてるって騒いでた時も、俺は女を既に「オバハン」だと決め付けていたし、今、目の前にいるそのおばさんはまさしく俺が思い描いていたとおりの顔だった。
ん?じゃあ俺も関係しているのか?この女はいったい誰だ?よく考えろ、だれだ?どいつだ?
Sがゆっくりと話し始めた。
「あんたは俺に何をしたいんだ?喋れるか?俺は落ち着いてるぞ。
俺の人生27年間、物心ついたときからあんたの顔は知ってる。
体はあるのか?生きてるのか?今日ではっきりさせよう。憑いてるのは俺個人か?家系か?」
エーコがタイ語でタイ子に話しかけるが、なんら反応が無い…
俺はずっと考えてた。
こいつの顔をどこで見たのか?なぜ俺も知っているのか?どこで見たのか…!
思いだした!ん?エプロン姿?作業着?なんだかたくさん思い出してきた。
やっと分かった。
そう、エプロン姿も作業着姿も見覚えがあるはずだ。
だって…
「T、おまえも知ってるはずだ。思い出したか?そうだよ、この女は俺らが通っていた保育園の先生だ…
お前は途中から幼稚園に行ったけどな、俺はずっとその保育園にいたんだ。
言ったはずだ、知ってるだろ?俺のティムポと尻と背中にスゲー傷がある事、保育園でこいつにやられたんだ。
人間の体で入りやすい箇所3箇所だからな。
事件後、園長と一緒に家にあやまりに来たとき、うちのじいちゃんはすげー顔してたぜ。
分かるんだろうよ、なんせ拝み屋だからな。」
女の顔が歪んでくる…Sはさらに話し続けた。
「T、お前は休日出勤ほとんどしなかっただろ?見覚えないかも知れんが、うちの会社で使ってる清掃業者の中にもこの女は紛れ込んでたんだ。
一瞬チラっと目があってな。俺は全てを思い出し、即効家に帰ったよ。
休み明けに会社に来てみると、トイレに俺の事がいっぱい書いてあった。
覚えてるだろ?ぜんぶこいつだ。
H部長にある程度の訳を話し、この女はその会社をクビになったそうだがまだまだ続くんだ。
実家の玄関に効きもしねぇ札貼ったり、家の前を何往復もしながら呪唱えていやがる。
しかもよっぽど俺は恨まれているのか、こいつ自身に跳ね返りがくるぐらいの強烈なやつよ。」
「まだまだあるぜ!消防の頃、校門前にチラシ配ってる変な女いたの覚えてるか?ちっちゃい子達が怖がっちゃって、先生達が追い払った奴。それもこいつだよ。
授業参観のとき奇声を発しながら廊下を歩いてたのも、体育の授業中ずっと影から覗いてたのもこいつだ。
かんけーねぇ卒業式まで参加しやがった。
さぁ、何が知りたい!何が望みだ!話してみろ!話せ!」
タイ子がとうとう堕ちた…力が抜けきったようにダラッとなり、失禁する。
エーコは怖いのか、小声で何か言いながらずっと俺にしがみついたままだった。
女はSを見つめたまま動かない。
やがて、女の目線がゆっくりとタイ子に移った。
一瞬俺らのほうを見た後、ニヤっと笑い薄くなってきて…消えた。
「T、ありゃあ生霊だ。もう少し続くぞ。」
「もうかんべんしてくれー。あの女、確かに覚えてるよ。ありゃあ変質者って言うよりも、Sだけを狙ってたのか?」
「あぁ、消防、厨房どこまで俺の事見てたのかは分からんけどな。ただ、あの女は先長くねーぞ。
Tも見たしタイ子もエーコも見たし。本来なら俺だけに見えてなくちゃおかしい。
失敗だな。奴にはキツイ返しが待ってるぜ。」
タイ子を横に寝かし、3人で今後について話した。
正直言うと、俺はその時ホッとしてた。
あのおばさんはSを狙ってるみたいだし、Sじゃなかったとしてもとり憑くのはタイ子のような気がしたから。
エーコがポツリポツリと話し始めた。
「女の人、タイ子に入ってるよ。ちがう?Sさん、ちがう?」
「エーコ、とりあえずタイ子はここに泊まらせる。
明日みんな暇か?実家に行って、親父にお払いしてもらおう。
T、エーコ、それでいいな。」
と、S。
「そうだな、Sのおやじさんだったらなんとかしてくれるんじゃね?」
「たぶん、な。」
結局みんなSの家で夜を明かす。
朝、起きて気がついてみると、エーコとタイ子がいない事に気づいた。
俺より先に起きてたSに訳を聞く。
「タイ子がエーコを起こしてたんだ。T、お前のいびきがうるさくてあんまり聞こえなかったけど、エーコは多少嫌がってたようにも聞き取れた。
俺は聞き耳をたてながら様子を伺ってたけど、タイ子には多分ばれてる。あぁ、エーコの言うとおりだ。奴は多分タイ子の中にいる。生霊にもかかわらず!だ。」
「あぁそうきたか、やっかいな事になっちまったな。S、今からタイ子に知らないフリして電話してみるわ、俺。」
「そりゃあ無理があるんじゃね?・・・とは言っても、今はそれしか方法ねーよな。」
タイ子に電話をかける…
「はい!Tさん、昨日ありがとう。助かったよ!エーコに聞きました。」
と、タイ子。
「そっかー、よかった。どうだ?体はなんともないのか?」
「へーきよぉ、元気よー。」
「エーコもそっちいるの?」
「!!エ・エ・エーコは今いないです。買い物行ってます。」
タイ子が一瞬あせったような気がした。
でも、いつもどおりの口調で話すタイ子にすっかり安心した俺は、エーコを抱きよせたまま眠ってしまった俺から無理やりエーコを離し、連れて帰ってしまった事を気にしているのかな?なんて事しか思い浮かばなかった。
「タイ子さぁ、今日暇?昨日タイ子が寝てたときに3人で話したんだけどさ、一度Sのお父さんのところに行こうって事になったんだ。タイ子も行くだろ?」
「わたし今日お店。無理です。エーコも無理です。」
「ん?エーコは行くって言ってたぞ。」
「はい、でも今は無理って言ってました。」
「そっか。いつ行ける?はやいほうがいいな。」
タイ子の携帯越しにもう一台の携帯が鳴った。
「Tさん、あとでね。またあとでね。」
と、タイ子はいきなり電話を切ってしまった。
「S、エーコは今買い物行ってていないってさ。タイ子は結構普通だったよ。まぁ大丈夫なんじゃねーの?」
「T、お前が話してる最中にエーコに電話してみたんだけど、でないぜ。」
「!!電話切った時、タイ子の後ろで携帯鳴ってた…」
「!!Tはタイ子の家知ってる?」
「知らん…」
俺はSとこれからについて話し合った。
出た結論は、とりあえずSの親父のとこにはSと俺の二人で行くこと。
帰ってきたらエーコとタイ子のいる店に今日も行くことだった。
足取り重く、少々気が引けながらもSの実家に向かう。
なんせSの親父はとてつもなく恐ろしい人だ。
消防の頃Sの家に行った時なんか、Sが板っぱちでバシバシ引っ叩かれてる最中にお邪魔しちゃったもんだから大変だった。
「T!お前もかぁ!つまらんもの拾ってくるからこうなるんだぁぁぁ!座れ!」
バシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシ…
何度引っ叩かれたか分からない程引っ叩かれた記憶がある。
家に半べそかきながら帰り、親父に言ってSの親父に文句言ってもらおうとしても、うちの親父はなにもしなかった。
逆に
「ご面倒お掛けしました」
なんて謝ってたくらいだ。
まぁ今となっては多少分かる。
Sの親父が言ってた、
「つまらんものは拾ってくるな!」
とは、
「つまらんもの憑けて来るな!」
と言う意味なんだろう。
背中をバシバシ叩かれたのも、俺とSとSのお母さんと3人で「折り紙」と言いつつもハサミでチョキチョキしながら「やっこさん」、今となって人型だと気づいたが、それをたくさん作ってたのも全てはS(俺含めて)を守るためだったのかな?なんて今は思ったりもしている。
んなもんだから、信用、信頼はしているが…なんせ怖い。
27にもなって、怖い。
「ただいまー」
「ご無沙汰してまーす。」
Sと俺、玄関に入る。
「おぅ、そろそろ来る頃だと思ってた。行ったか?おまえんとこに行ったのか?」
と、親父さんがニヤニヤしながら話し出す。
「いつも来てたよ。でもとうとう昨日ホントにきやがった。Tと、飲み屋の女の子二人巻き込んだ。」
「T君はまぁしゃーないな。女の子は?」
おいおい…俺は家族じゃねーよ…
「正直言うとやばい。憑かれたかも…」
「そうか。で、その女の子は?」
「ばっくれた」
「!!馬鹿やろぉ!!なにが「ばっくれた」じゃ!つまらん言葉使いおって!T!お前もそんな言葉使っているのかぁ!」
怒るとこちがうだろ?と思いつつ、
「まぁ、ははは」
などと話を逸らす。
昼飯を食べながら、色々な話をした。
結局、親父さんの話だとSと俺は昨日のようなやばい状態には感じられないとの事だった。
さらに言われたことは、早急に女の子二人を連れてくること、引っ越したとこでSにしろ、タイ子・エーコにしろ、なんの対策にもならない事だった。
帰りの玄関で靴を履いている最中も親父さんは話し続けた。
「生霊は成仏せんからな。まだこれからも続くだろうよ。
主が納得するまで続くし、納得してもしまいかたが分からん人もいる。そうなると厄介そうだが、実はそんな厄介ではない。
既に害は無いし、他に興味が移れば移るほど自然に消え行くからな。
ただし今回はちがうだろうよ。見てみないとなんとも言えんが、まぁ、はやく女の子二人を連れて来い!
とにかく早く!な。」
「分かった。」
「はい分かりました!」
Sと俺。店が開く時間までSの家で対策を練っていた。
タイ子の家を調べる方法や、エーコは無事なのか、俺ら二人でエーコやタイ子を保護したとこで、当分どうやって面倒見てくか、モロそっち系の方々が経営してる店の子達だから、その方々達への対応とか…
作戦AとB、二通りの作戦を練った。
「じゃあ一応「飲み」ってことで。さぁ!行くか。」
と、Sが気合入った声で言う。
「よーし!行くか。」
店に入ると、少々時間が早かったのか女の子達も数人しかいなかった。
「今日タイ子何時にくる?エーコは何時?」
と店の子に聞いてみる。
「うぇRちゅDFGHJK!」
「えRちゅいおCVGBHんJM!」
「TりゅいVBHんJM!」
何言ってるかやっぱり分からない。
「迎え行ったら、寝てるのか居ないのか分からないよ。出てこないよ!お兄さんたちは知らない?」
と、何回か席に着いたことのある女の子が話してくれた。
大体の予想はしてた。
A作戦変更、通称B作戦開始。
A作戦はエーコをまず保護のA。
B作戦は尾行のB。
店を早々に切り上げ、Sといったん別れて家に戻る。
部屋内に変わった様子がないかどうかを調べるが、変わった様子は無かった。
風呂に入り、着替えもする。
少し仮眠をとり、さぁ出発!となる。
Sと店の近くで待ち合わせる。
「S、どうだった?おまえんち何か変わった様子あったか?」
「いや、大丈夫だった。何も無い」
「そっか、じゃあホントに作戦開始するぞ!」
「おう」
店が終わり、店の前にワゴン車が横付けされると女の子たちが乗り込む。
外国から来た女の子たちは、店側で用意したアパートの隣同士とかに住んでいる場合が多い。
多分、あのワゴン車の向かう先にエーコとタイ子の住んでいる部屋がある。
アパートに着いた。
俺らは手前の路地に入り、様子を伺う。
みんな降りてワゴン車が去ったのを見届けてから、作戦を開始する。
作戦とは、なんてことない簡単なこと。
エーコとタイ子の携帯に電話をかけて、着信音をアパートのドア越しもしくは窓越しに聞くという作戦だった。
まずは、連絡が取れなかったエーコに電話をかける…
聞こえた!一階の一番手前の部屋だ!
すかさず場所から離れて、車に乗り込む。
あとは、電話に出てくれるのを待つばかりだ。
「はい、Tさん…」
「エーコ?エーコか?」
「はい…もうおわりね…電話するから…あとで電話するから…」
「ちょっ!エーコ!待ってくれっ!体は大丈夫なのか?無事か?タイ子は?」
「ありがとー。だいじょうぶ…だいじょうぶ…dsfghjklrちゅjhj…」
何か話しかけて電話が切れた。
強攻策で乗り込むかどうかは、電話での反応しだいだった。
助けを求めてくればすかさず乗り込むつもりだったが、なにか違う。
エーコはすごく悲しそうな声で電話に出た。
なにか引っかかる…
「T、どうだった?」
「つらそうだったけど、大丈夫、大丈夫って。タイの言葉で何か喋ったあとー電話切られた。」
「なんだぁ?タイ子もエーコも何か隠してるな。よし、俺が電話してみる!」
Sがタイ子の携帯に電話をかける。俺はその間、車の外に出て部屋の様子を探っていたがなんら変化は無い。
Sの乗る運転席を窓越しに覗くと、Sは首を傾げながらこっちに「何か変」との合図を送ってきた。
そう、なんか変なんだ…
「S、どうよ?タイ子どうだった?」
「あぁ、あれタイ子かぁ?どうもタイ子じゃない気がする…エーコだと思う…」
「え?エーコだったの?なんだって言ってた?」
「大丈夫、大丈夫って。あとで電話するーって言った後、切られた。変だな。」
部屋を見るが、相変わらず部屋の電気は点いてない。
腑に落ちないまま、俺はSと別れた。
とりあえず、明日Sの仕事が終わった後待ち合わせをする事にし、家に帰る。
あー疲れた。ホントに疲れた。なんだか仕事なんてどーでもいい気がする。
それよりも、今はエーコとタイ子が心配だった。
面倒くさくなり、着替えもせずにそのままベッドに横になるが、全然寝付けない。
オカルト的に物事を考えてみる。するとどうやっても最悪の結果しか思いつかず、むしゃくしゃしながら起き出しタバコに火をつけた。そのとき!
携帯が鳴った!なんとエーコからだった。
「Tさん、会える?大丈夫?」
「あぁ、会えるよ、今どこにいる?」
「家にいるよー、ちかくにロー○ンある。そこに行くよ。来れますか?」
「どこのロー○ンだ?場所わかんねーぞ。」
と嘘をつく。
「○○○町のロー○ンです。来れますか?」
「分かった。そんなに遠くないから、すぐいけるぞ。Sはいないけどいいか?」
「いいです。Tさんに会いたいです。」
女に頼られて力のでない男なんていやしないだろ?そんときばかりはエーコの顔しか思い浮かばなかった。待ってろ!待ってろ!口癖のように言い続けて、Sに電話することすら頭に無かった。
ロー○ンに着いた。
外でうずくまってるエーコのすぐ近くに車を止めると、エーコがニコッと笑った。
そう、かわいい笑顔だったのを覚えてる。
車に乗せ、家に向かう。
聞きたい事はたくさんある。
エーコ自身のこと、タイ子の事、Sの家を出てからの事、部屋で何してたのか、Sの親父さんのとこにはこのまま明日行ってしまおうとか…
部屋にエーコを入れる。
明るい部屋でエーコの顔をまじまじと見る。
少しやつれている気はするが、見当たる部分に外傷等はなさそうだった。
「Tさん、わたし…もう会えないよ…」
と、エーコがつぶやいた。
「どうしてだ?もしかして国に帰るのか?」
「ウン…」
まぁ、日本に来てこんな変な出来事に巻き込まれたりしたら、誰もが母国に帰りたくなるだろうなぁ・・・なんて考えたら、仕方の無いことだと思った。
エーコが抱きついてきたので、拒否はしなかった。
店に行き始めて約一年で初めてエーコと関係を持った。
なんとなくエーコから「鉄」のにおいがしてたが、女性特有の日の前後かな?って。
日本人は外国に行くと「醤油くさい」って言われているとテレビで言ってたのを思い出し、全然気にも留めなかった。
エーコと「こと」が済んだ後、タバコを吸いながら俺はぼんやりと考えてた。
何も聞かずに、起きたらこのままSの親父さんのとこに行った方がいいかな…
いや、まて!ひとつだけどうしても聞きたいことがある!
「エーコ、今、タイ子は何してる?」
「もう行っちゃったよ…」
「はぁ?国に帰ったのか?いきなりすぎるだろ?」
「ウン…でも、行っちゃった。ホントよ。」
ずいぶんと早い展開だと思ったりもしたが、文化の違いとか就労ビザの関係か?なんて考えていた最中に、俺はいつのまにか寝てしまった。
朝起きると、エーコは俺の隣にちゃんといた。
相変わらず笑顔で、あの事件も、俺と関係を持った事も、まるで何も無かったような屈託の無い笑顔だった。
「帰ります。いいですか?ロー○ンまでいいですか?」
と、エーコが言い出す。
「いや、Sの親父さんのとこに行こう。俺とエーコだけでも行こう。」
「無理ですよ、もう無理ですよ。帰ります。乗せてください。」
「だめだ!」
「だめですっ!ホントーにもうだめです!」
エーコの気迫に押されてしまい、結局ロー○ンまで送ってしまった。
結果、俺はエーコと「やった」だけだった。
事務所に行き、コーヒーを飲みながらぼんやりと考える。
タイ子はもういない。エーコもいなくなる…じゃあ…Sにとり憑いてた、あの女はいったい今どこにいるんだ?タイ子と一緒にタイに行っちまったのか?考えれば考えるほど、矛盾点がどんどん出てくる。
俺はこれらの疑問点や矛盾している点をメモに全て記入した。
やっぱりおかしい…
俺はSと合流するまでの間、さまざまな仮説を立てた。あんまりにも物事が急すぎる点、タイ子は?と聞いた時のエーコの反応、逆に、タイ子にエーコは?と聞いた時のタイ子の反応、なぜエーコはSじゃなくて俺に会ったのか。
そう、流れで言うと頼るのはSのはずだ。
どこをどう考えても、客観的に物事を考えても、どんどんやばい方向へ話が進んでいく気がしてきた。
そもそも、Sがタイ子に電話した時、出たのはタイ子ではなくエーコが出た点も気になる。
ホントなのか、Sの単なる誤解なのか・・・ 昼頃、Sから電話が入る。
「どうだ?T、なんか動きあったか?」
「あぁぁ…エーコと会った。んで、親父さんのとこ連れて行こうとしたらさ、ものすごい勢いで拒否された。仕方なく家の近くまで送ってった…」
「マジかよー、頼むよ!んで、タイ子について何か聞いたか?」
「国に既に帰ったってエーコは言ってる…」
「そっかぁ、なんかおかしぃーなー。まずはどうやってタイ子が帰ったかの確証を得るかだな。
まぁ、でもその話しがホントだったら、俺の胸のつっかえ取れるし、キモいババァもあれから見ねぇーし。
このままいけば俺は万々歳だ。」
「Sは何時に仕事終わるんだ?今日も行ってみるか?店に。」
「そうだな、3日連ちゃんになるけどしゃーねーな。タイ子の確証取らんとな。」
軽く飯を食った後、店に行く。
と、早速女の子に話しかけられた。
「タイ子もエーコも来てないよ。お兄さんたち、なにか知ってるでしょ?」
「おいおい!俺らはなんも知らんから、逆に心配なんだよ。」
とSが言う。
「ごめんなさい。すみません…」
「いや、こっちこそ悪かった。で、二人とは連絡取れないの?国に帰ったとかそんなんじゃないのかい?
エーコと電話はつながったんだ。そしたら国に帰るとか、タイ子はもう帰ったとか言ってたけど。
最後にエーコに会いたいって事で俺らはこの店に来てるんだ。」
と俺。
「かえった?ないです。ないですよ。なにも言ってないよ!聞いてないよ!」
変な予感的中…まぁ、当たり前か。
早々に店を切り上げて、俺の事務所で飲み直す。
出た結論は、少し間を置こう、無理に会おうとしないでエーコとタイ子に電話をかけよう、様子を見ながら最終的にはSの親父さんの必ず会わせよう、となった。
夕方と夜中、時間を決めて俺はエーコに電話をかける。
Sはタイ子に電話をかける。
もう出ないだろうなーなんて思いながら、発信ボタンを押すが、やっぱり出ない。
何度か繰り返したら、二日目(事件から五日目)の夜中にエーコとつながった。
「エーコか?」
「そーですよ。Tさん、あなたは元気ですか?」
「あぁ、元気だよ。エーコ今は店か?何してる?電話してても大丈夫か?」
「今は自転車乗ってますよー。大きな川の橋の上渡ってますよ。」
「なんじゃそりゃ?こんな時間にかぁ?」
電話越しに別の携帯の着信音が聞こえる…
「そーですよ。こんな時間ですよ。でも、会うのは無理です。ごめんなさい…」
「大丈夫だよ。それより、今からどっか行くのか?自転車なんか乗って」
「はい・・・ゴミ捨てに来ました。いらないものたくさんあります。もう来れないから、全部いらないです。」
「川に捨てるなよなー、不法投棄でつかまっちまうぞ」
「ゴミは捨てませんよー、川には魚のえさあげますよー」
「そっかぁ。なんだかよく分かんねーけど、自転車なんだから気をつけろよ!まぁ、また電話するからさ、エーコ、暇なときはすぐ電話くれ。」
「はい、わかりました。暇なときは…電話します」
電話越しに聞こえた別の携帯の着信音は、Sがタイ子にかけた時に鳴った着信音と一緒だった・・・
下らないと思い始めてきた、様々な仮説が頭を思い巡らす。
しかし、これが俺とエーコとの最後の電話となった。
事件から七日後の朝、「今日は仕事をしよう!」と少し早めに事務所に向かう。
鍵を開けようとしたその時、男二人に声をかけられた。
「○○○○のTさんでしょうか?少しお話を聞きたいのですが…」
俺の会社名を言ってきたので、てっきり仕事上の話だと思い
「どうぞどうぞ」
と、ちらかったままの事務所に入ってもらう。しかし、その男の口からは信じられない言葉が飛び出した・・・
「○○○・○○○○○、店での源氏名「エーコ」知ってますね。あなたと彼女はどのようなつながりで、どの程度の関係があるのか私は知りたい。」
その男二人は刑事だった…
霊うんぬん、オバハンの話を言ったとこで奴らにゃそんな話通用しないことはとうに分かってる。
その話を省いた上で、隠しても仕方が無い。
全てを話した。
同日同時刻、Sもやられてた。
Sも俺と同じように、省いた全てを話したらしい。
そう、俺ら二人の話はぴったりつじつまが合った。
店の女の子から聞いたと言う、俺ら二人に対しての話しのつじつまもぴったり合った。
本当であれば、当事者のS・幼馴染の俺、登場人物二名のどこにでもありそうなオカルト話で終わるはずだった、「オバハン事件」は信じられない結末となる。
最悪の結果となってしまった。
エーコは、その「オバハン」をタイ子もろとも始末してしまった…
6年前、ある地方都市のアパート一階の床下から、女性の首なし遺体が見つかった。
~テレビより~
死後6日ほど経っており、「異臭がする」との近所の方からの通報により、事件が発覚した。
尚、部屋内くまなく探しても女性の頭部が見つからず、どの女性だか警察は特定をいでいる。
また、この部屋に住んでいた○○○○・○○○○○○さんが行方不明であることから、共に同居していた女性を重要参考人として事情を聞いている。
エーコに電話をかけると、
「お客様のおかけに・・・」
とうとう電源カットとなった・・・
~テレビより~
昨夜、アパート一階の床下から、女性の首なし遺体が発見された事件で、重要参考人として同居していた女性、「エーコ」が取調べを受けていたが、昨夜未明、「大きな橋の上から、下に流れる川に向かって頭部を投げ捨てた」と、供述した。
殺害理由については、人間関係(男女関係)のもつれによるものが原因とされている。
警察ではこれら供述をもとに、捜査員30名を投入。
関係者から事情を聞くと共に、頭部を投げ捨てたと思われる川で「タイ子」さんと思われる女性の頭部を探すなど、裏づけ捜査をすすめている。
俺とS、二人で立てた仮説はピタリと合った・・・