後輩の声

後輩の声 俺怖 [洒落怖・怖い話 まとめ]

俺が大学3年の時の怖い、というか悲しい話。

当時テニス部員だった俺は、夏休みに恒例の夏合宿へと行った。
テニスコートを備えた、山の中の安い温泉旅館で5泊6日の日程だった。
テニス部といってもモロ体育会系というわけではなく、どちらかというとサークル的なノリの部だったので、参加した部員男女20余名が、テニスの練習に、酒に、異性にと、各々が、まあそれなりに例年どおりの楽しい合宿の日々を過ごしていった。

そうして合宿を終え、旅館を後にした帰り道。
参加部員たちがそれぞれ相乗りした数台の車は、途中ダムに寄ったり、食事をしたりと、連なって行動を共にしながら帰路を進んだが、各々の住処が近づくに連れ、一台、また一台と車は別れて行き、男女の後輩3人が同乗した俺の車もいつしか単独走行となっていた。

その頃、俺の車の中では、合宿に参加した連中についての色んな噂話でかなり盛り上がっていた。
そして話題は、その時の合宿で結構いい味を出してた2年生の男、Aの事に振り向けられた。
Aは合宿先の旅館に比較的近い街にある自分の実家にそのまま帰省するとの事で、自分の車に独り乗ると、帰路のかなり早い段階で合宿メンバーの車の連なりから別れていた。

「Aの奴(中略・・・)だよなぁ!?全く信じらんねーよ。」

と俺。

「いやー、本当っスよねー(W。」

助手席の後輩が応える。
と、次の瞬間車内で、

「えー、そんな事ないスよー。」

・・・はっきりと聞き取れる声が響いた。
聞きなれたAの声だった。

タイミングといい、調子と言い、その声のあまりの自然さに、俺の頭は一瞬その出来事を軽く流しそうになった。
しかし、すぐに何ともいえない違和感が襲ってきた。
ふと横を見やると、それはどうやら助手席の後輩も同じだったらしく、奴は後ろの席の二人を振り返ると、

「よぉ、今、『そんな事ないスよ』って言った?」

と、後ろの二人のうちの男の方に、少々慌てた感じで問いただした。

「え・・? 前の方で言ってたぞ?」

と、問われたそいつ。
すると、その隣の女の子が、

「て、ゆーか、今の・・A君の声だよね?」

と、訊き返して来る。

「えー、やだ、何で?」

その後、車内にちょっとした沈黙が流れた。
やはり四人とも、さっきの声が今この車内にいる誰のものでもなく、つい何時間か前に別れたはずの、あのAの声だったように感じられたのだ。
声が聞こえたのは信号待ちの時などではなく、60km/h程で走行中の事だったし、既に夜になっていたとはいえ、暑い夏のさなかのためエアコンをかけて窓は閉め切っていたのだから、俺の車の室内で声がしたのは疑う余地も無く確かだった。
もしやと思い、カーステレオで流していたカセットを巻き戻してかけ直したりもしてみたのだが、テープに入っている曲に異状は無かった。
大体どう考えてもスピーカーから聞こえた感じではない。
その声は、右ハンドルで運転する俺の、頭のすぐ左斜め後ろ辺りから聞こえてきたのだ。

結局、「テレパシーだよ。」とか「Aが小型無線機仕掛けたんじゃねーの?」とか、半分冗談めかしたような推測を言い合っているうちに、この三人を下ろす予定だった駅に辿り着いてしまった。
現在のように携帯電話が普及していれば、すぐにでもAに電話して確かめようとしたんだろうが、その時は今から13年も前の昔であり、またAの実家の電話番号も車内で簡単に調べる術は無かった。
あの声が聞こえてから、車内でぽつぽつとAの事や声の事についてあれこれ言葉を交わしていた間、今思い返すとおそらくその場の四人全員が、共にある胸騒ぎを覚えていたんじゃないか、と感じられてならない。
きっとその時は、皆それを口に出すのがいけない事のような気がして、
その思いから互いの意識を逸らそうとしていたかのように思えるのだ。

俺は駅のバスロータリーに車を停めた。
三人の後輩たちは荷物を下ろすと、駅の入り口の前に並んで口々に礼を言いながら俺に手を振った。

「お疲れ様でしたーっ。」
「んじゃ、どーも、お気をつけてー。」

俺も別れの挨拶に応えて、「おつかれー。」と、開けた窓越しに手を振り、軽くクラクションを鳴らす。
そしてフロントウインドウに向き直り、既に発進させている車を大きなロータリーの出口へと向けた、丁度その時、

・・・またAの声が聞こえた。
すぐ近くから。

「お疲れ様でしたー。」

しかし、今度は車内からではない。
車の外からだった。
つい数瞬前、後輩たち三人に声を掛けた際、開け放しておいた左側の窓のすぐ向こうからその声は聞こえて来たのだ。

俺は思わず、ロータリーとその外を流れる街道とが合流する手前辺りに車を寄せた。
そして停まった車の中から左の窓の外を見やり、続いて左斜め後ろを振り返った。、
10m近く後方の、たった今Aの声が聞こえたと思しき近辺に、俺は隈なく目線を走らせた。
しかし、というか、やはりというか、Aらしき姿はとんと見当たらなかった。

体にゾっと寒気がして鳥肌が立った。
俺は束の間の放心の後、何となしに車から降りると、とりあえず気を落ち着かせようとタバコに火を点けた。
それからふと後輩たちの事を思い出し、つい今しがた別れたばかりのあ奴らの行方を目で追ってみた。
すると程無く、俺から数十m先にある長い駅の階段を、ラケットを差した大きなバッグを肩から提げたあの連中が、何やら言葉を交わしながら横一列に並んで上って行く姿を見つける事が出来た。

「駅の階段であんなに横に広がって・・・はた迷惑な奴らだなあ。」

俺の頭に何気無くそんな考えがよぎった。
が、次の瞬間、自分がその時目にしていた光景の孕むある矛盾が、またしても俺に寒気を覚えさせた。

俺がこの駅に下ろした後輩たちは、男二人に女一人。合わせて三人。
一方、その時横に並んで駅の階段を上って行った、大きなバッグをぶら下げた連中は、男三人に女一人。

合わせて四人いる・・・。

そいつらの姿は、すぐに俺の目線からの死角へと入り込んで行ってしまい、ほんのわずかの間、遠巻きに眺めていただけの状況では、男三人のうちの誰が余計だったのか、また、その余計な一人がたまたま後輩たちの側を歩いていただけの、見ず知らずの他人とはいえないのかどうか、実のところ俺にはよく分からなかった。

合宿から帰った翌々日の夕方、俺の車に同乗したうちの、女の後輩から電話があった。
彼女によると、あの時後部座席に乗っていた男の方の後輩が、あれからどうも気になってAの実家に電話したところ、実家への帰り道の途中、Aの車は大型トラックと衝突し、Aは重態となって地元近くの病院へ運ばれ、懸命の処置が施されたが、事故から翌々日の午前中(つまり、俺がこの電話を受けた当日の午前中)についに息を引き取ったという旨の知らせを、Aの親族から受けたというのだ。
うちに電話してきた女の子は、その最初に知らせを受けた後輩から、大学関係の友人にこの情報を回すよう頼まれたらしい。

実を言うと、合宿から帰った日、そしてその翌日と、俺も何度かAの実家に電話を掛けていたのだ。
さすがにあんな体験をした後では、Aがまだ生きてこの世にいるのかどうか疑わざるを得ないような気持ちだったからだ。
しかし、電話を掛ける度に先方は留守だったようで、誰も電話に出て来る事は無く、留守電もセットされていなかった。
というか、Aの実家での葬式に行って知った事だが、当時Aの実家の電話は留守録機能の無いただのダイヤル電話だった。
いずれにしても、この知らせを受けたおかげで、俺はAの実家が留守だった理由がよくわかった。

ただその後、おそらく大学の友人関係で最初にAの死を知らされたであろう、例の後輩の男が語ったところによると、合宿から帰った当日、そして翌日にも、俺と同じくその後輩は何度かAの実家に電話を掛けていたのだそうだが、合宿から帰った翌日の晩、一度だけAの実家に電話が繋がった事があったのだという。
その時の電話の音声は何故かやたら遠く、男の声で何やらいろいろ喋りかけてくるのはわかるのだが、その内容はまるで聞き取る事が出来ず、そのうち電話は切れてしまい、受話器の向こうには断続する発信音が残るのみ。
その後輩はすぐに電話を掛け直したというが、その日はもう二度と電話が繋がる事は無かったそうだ。
葬式の際、奴がAの父親に確かめたところ、その日Aの両親はAの入った病院から戻っておらず、家は留守のままだったという。
実際、俺も奴と同じような時間帯にAの実家へ電話を掛けていたが、前述したとおり、電話が繋がる事は無かった。

その後輩は、電話に出た声はAの声に似ていた気がするとも言っていた。
実際、電話が繋がっていた時は、相手はAだと思っていたそうだ。
合宿から帰った日、俺が駅で奴らと別れた直後にもAの声を聞いた事、そして、駅の階段を奴らと並んで上って行く者がいるのを見た事を話すと、奴はかなり驚き、動揺していた。
だが、その階段を上って行った時、奴ら三人の横に並んで歩く人がいたかどうかはよく憶えていないとの事だった。

結局、それ以降Aにまつわる不思議な体験は無いし、そういった出来事があったという話も聞いていない。
ここに書いた出来事は、いずれもAがまだ辛うじて生きていた間のものであり、故に、亡くなった後、Aが迷わず安らかに成仏してくれたものと、俺は思いたい。
また、そうであって欲しいと願っている。

以上、長くなってスマソ

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