[さがしもの 4]
ナナシの日記は、そこで終わっていた。
ぼたぼたと落ちる涙が白いノートに染みを作った。
「…この次の日ね、キョウスケ、車に撥ねられたんだ。」
レイジさんが言った。
「駅に向かう途中、だったんだと思う。
交差点で、信号無視した車に撥ねられた。」
駅に向かう途中、ということは。
「ナナシは、僕に、会いに来る途中に」
そこから先は、言葉にできなかった。
僕に、会いに来ようとして、ナナシは、親友は、車に撥ねられたんだ。
どんなに痛かっただろう。どんなに苦しかっただろう。
どうして、僕なんかに
あのとききみを見捨てなければ、否、あのとき出会わなかったら。
あのとき仲良くならなかったら、きみは長生きできたのかもしれない。
僕なんかに出会わなかったら、きみは
就職して、結婚して、奥さんとか子どもとか孫にかこまれながら、頑固なじいさんになって、盆栽の手入れなんかしながら、ゆっくり人生を長く長く生きていけたのかもしれないのに。
僕なんかに、出会わなかったら君はしあわせになれたのに。
涙が、止まらなかった。
「キョウスケ、頑張ったんだよ。」
レイジさんが僕の頭を抱き締めて言った。
「撥ねられてから二日も、頑張って生きてたんだ。頑張ったんだよ。最後ちょっとだけ、意識が戻って」
レイジさんが僕の頭を持ち上げた。
ナナシによく似たナナシとは違う瞳が、涙を浮かべて僕を見ていた。
「『生まれて来て、ごめんなさい』って」
なんという、絶望の言葉だろう。
「でも、」
レイジさんの目から涙が溢れた。
「『また、俺生まれてきていいですか』って」
「『今度はちゃんといいこになるから、また生まれてきていいですか』」
「『まだ死にたくない、謝って、ありがとうって言うまで』」
「『生きてても、いいですか』って」
最後は、もうレイジさんの姿が見えなかった。
ナナシ、ナナシきみは生きてても良かったんだよ。
生きてて欲しかったよ。
謝らなければならないのは、きみじゃないんだよ。
ねえナナシ、生まれてきてごめんなさいなんて。
馬鹿。馬鹿。
馬鹿。
「ごめんなさいいぃ…っ…」
ナナシ。
もうきみはいないんだね。
それから、どのくらい泣いていたのかわからない。
気付けばあたりは真っ暗で、泣きはらした目をしたレイジさんがまた車を出して駅まで送ってくれた。
「今日は、ありがとう」
レイジさんが笑った。僕はうまく笑えなかった。
そして、言った。
「レイジさん」
「なに?」
「俺…ナナシの、友達でいていいですか」
生まれてはじめて、「俺」と言った。
バカバカしい話だけど、ナナシに近付いたような気がした。
レイジさんが目を見開いた。
「友達でいて、いいですか」
また涙が出て来た。
厚かましい、でも、心からの願いだった。
「…当たり前でしょ」
レイジさんは笑った。
「また今度さ、キョウスケの墓参り行こうよ。いっしょに。」
僕は頷いた。
レイジさんはまた笑って、車を走らせた。
揺られる電車のなかで、僕はずっと真っ白な親友の笑顔を思い出していた。