[ナナシ 第13話]終わりに近づくそのまえに

[ナナシ 第13話]終わりに近づくそのまえに 俺怖 [洒落怖・怖い話 まとめ]

[終わりに近づくそのまえに 序]

呼吸をするのが苦しくなるようなあの話に移る前に、すこしだけ、他愛ない普通の中学生だったころの話をさせてほしい。
カウントダウンの、そのまえに。

[終わりに近づくそのまえに 1]

ナナシマキョウスケ、というその男は、とても不可思議な存在だった。
背はそれほど低くなく、かといってそう高いわけでもない。顔のつくりはそれなりに整っていたが、学年一の美形だとか王子様なんていうほどでもなく、むしろ「面白い」とか「お調子者」の部類に入っていた。
ヘラヘラとにやけた笑みを口元に称え、いつも回りの中心でいるようで、けれど一歩遠巻きに物事を見ていた。
寂しがりのようで何も必要としていない、けれど何かを探しているような男だった。

そして、僕の最初で最後の親友だった。

ナナシ、と彼を呼び始めたのは僕だった。
地味であまり目立たない、暗くは無いが明るくも無い、成績も運動も中の中、嫌われはしないがモテもしない。
そんな僕と、人気者の彼がいっしょにいることにクラスメイトたちもはじめは驚いていたが、それがいつしかあたりまえになり、むしろいっしょにいないときなどは

「おまえら喧嘩でもしたの?」

と言われるほどだった。
そこに、いつしかアキヤマさんという女の子が加わるようになった。
もともとアキヤマさんは、ナナシの幼馴染だった。
家が近所だったと聞いている。
アキヤマさんは、ほかの女子にくらべて格段に大人っぽかった。
顔かたちはもちろんだが、おとなしいというよりはクールな性格で、でも以外と面倒見がよく、男女問わず彼女に相談事をしたりしていた。
長い黒髪と、ちょっと切れ長な目が日本人形みたいな女の子だった。
そして、僕はアキヤマさんが好きだった。

入学式で新入生代表のあいさつをしていたアキヤマさんを見たとき、全力疾走したときのように鼓動が早くなった。
そんな気持ちになったのは、初めてだった。
小学生の頃からコイビトがいる友人も何人かいたが、僕はそういうことにはテンで鈍かった。
むしろ、恋だのなんだのよりも本を読んだり音楽を聞いたりするほうがずっと有意義で楽しいことだと思っていた。
しかし、それは大いなる勘違いだと気付いた。

運良くアキヤマさんと同じクラスになれたときは、今まで見てきたどんな推理小説の結末よりも度肝を抜かれた。
まさか、こんな奇跡があっていいのかと思った。
ナナシと親しくなり、そこからアキヤマさんが話し掛けてくれるようになったときは本当にうれしかった。
それをナナシに気付かれたときは、ナナシを口封じに殺そうかと真剣に思った。
なんせナナシはお調子者でよくしゃべる男だったから、すぐに噂になるに違いない、そしてナナシは僕をからかって遊ぶに違いないと思ったからだ。

しかし、ナナシはそんなやつではなかった。
からかいはするものの、ときにはさりげなく僕とアキヤマさんを二人っきりにしてくれたり、アキヤマさんとの会話に僕を混ぜてくれたりした。

「おまえ、ほんっとに手えかかるな」

そうやって笑いながら、そしてときには怖い目にあわせて僕をおどかしながら、それでもナナシは奥手でウジウジした僕を励ましてくれていた。
そうやって、いつしか僕らは「仲良しトリオ」と呼ばれるくらいに、仲良くなっていた。

そんなころ、僕らは天体観測をすることになった。
唐突だとは思うが、実際唐突にそういう話になった。誰が言い出したのか、なんでそうなったのかは今も思い出せない。
ただ、その話が出た翌日にはもう、僕らは夜に集合することになっていた。

前置きがものすごく長くなったが、「あの」話に移るまえに、僕らが無邪気に笑いあった、恐怖も悲しみもない頃の話をそしてまず、今も忘れられない、楽しい夜の話を、始めようと思う。

[終わりに近づくそのまえに 2]

なぜ、そんな話になったのかは今も思い出せない。
ただ、ナナシが「星が見たい」とよく言っていたのは覚えている。
ナナシは星が好きだった。
というよりも、いつも決して手に入らないものばかりを欲しがっていたように思う。
昔、たくさんの蛍を瓶に詰めて、最後の一匹が死に絶えるまで大事に持っていたという話を聞いたことがあった。
その話を聞いたときは「なんて気持ちの悪い、残酷なことをするんだ」と正直思ったが、ナナシ本人は至って真剣に、

「汚い空気も踏み潰す人間もいなければ、蛍は死なないでずっと光ってると思ってたんだ」

と言っていた。
とても大人びていて、いつもみんなの先を行っていたナナシの、残酷なまでの無邪気さを、そのとき僕は感じた。
ナナシは、蛍に永遠を感じていたのだろうか。
閉じ込めておけば、誰も触れなければ、蛍は永遠に生きていると、彼は思ったのだろうか。
そしてそうじゃないとわかったから、今度は星を好きになったんだろうか。
誰も触れない、永遠に、そう少なくとも僕らの命よりはずっと長く生きていく星に、永遠を感じていたのだろうか。
考えても限等無いが、そんなことばかり思う。

前置きが長くなったが、本題に入ろう。
僕たち三人は、どういう切欠かはもう覚えていないが、星を見に行くことにした。
もちろん天体望遠鏡だとか星座早見なんてものは持ち合わせていなかった。
ぼくらが持参したのはせいぜい財布と時計と少量のお菓子くらいだったと思う。
それさえあれば十分だった。

僕らが向かったのは、電車で15分ほど先にある町の林だった。
誰もいないし、ネオンも遠いから星を見て騒ぐには最適な場所だった。
今も時たまそこを通るが、そのたびにそのときのことを思い出す。

「なあ、あれがカシオペア座とかいうやつ?」

林に到着し、シートを広げて座り込むなりナナシが言った。
指差した先には、三つの星が並んでいた。
僕は今もその星の名前を知らない。もちろんそのときも知らなかった。

「知らないよ、アキヤマさん、わかる?」
「・・・・あたし、こないだの中間、理科42点だったんだけど」
「あ、勝った。俺37点」

自慢にならないよ、と僕が言う。
そして一斉に笑い出した。
とてつもなくくだらない話。でもそんなくだらない話でケラケラ笑った。

「なあ、名前なんか知らなくてもさ、綺麗ならよくね?」
「ナナシが聞いたくせに」
「藤野、怒るだけ無駄だって。そういうのは柳谷に聞かないと」
「ヤナギは理科オタクだからな。そういやこないだあいつ、無線でさ・・・」

星はどこへやら、話題はクラスメイトや先生、過去の楽しかったできごとに変わっていた。
僕がハードル走で校内記録をだした話、ナナシが先輩に告白されたときの話、アキヤマさんが調理実習で作ったゲテモノの話、委員長の恋の行方、そんな話をひたすらしていた。

そのとき不意に、進路の話になった。
といっても、どこの高校に行くとか、そんな現実味のある話ではなく「将来のゆめ」を思春期のノリに任せて話しただけだった。

「あたしは、お父さんの店で修行して、パティシェになるよ。
あんたたちのウエディングケーキはあたしが作ってあげるからね」

アキヤマさんは笑った。
僕も控えめながら、作業療法士になりたいと話した。
そのためにはたくさん勉強しなきゃいけないから大変だと話すと、アキヤマさんもナナシも目を細めて笑ってくれた。
無言の「がんばれ」だったんだと思う。

そして、ナナシの番が巡ってきた。

「俺は・・・・」

しかし、そこから一向にナナシは言葉を紡がなかった。
さっきまで見てもいなかった星空を眺め困ったように笑っている。
どうしたの。と声を掛けようかとおもったとき、
ナナシは言った。

「俺は、これから先の自分が想像できない。
どんな自分になって、誰とどうやって生きていくのかなんて、考えてない、でも、来年も、再来年も、できればいつか死ぬ日までおまえらとこうやって、笑って星でも見れてたらいいなあって思うよ。」

その言葉は、すくなくとも僕にとっては、どんな言葉よりも胸にくるものだった。
アキヤマさんも、照れくさそうに笑っていた。
言った当の本人は珍しく顔を赤らめて「らしくねえな」と呟いていた。
僕もなんとなく恥ずかしくなり、否それどころかすこし目が潤んでしまい、それを二人に見られたくなくて、空を見上げた。
きれいだ、と素直に思った。
星座の名前なんて知らない。
前回の中間テストで理科は51点だった。
宇宙の原理だとかガリレオガリレイがどうとかアインシュタインが何だとか、そんなことはどうでもいい。

ただ、できることなら、僕もいつか死んでしまうときまで、こうしてみんなときれいな星を見て、くだらない思い出話でもしながら、笑っていれたらいいなと思った。

それが永遠に叶わなくなるなんて、このときが、最初で最後になるなんて考えてもいなかったから。

ねえナナシ、そうだろう。
未来が必ずあるってさ、僕らは壊れやしないってさ、思ってたよね。
きみもそう思ってたって、思わせてよ。

きみはきづいていたのだろうか。ぼくらの行く先に。

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