モリモリさま

モリモリさま 俺怖 [洒落怖・怖い話 まとめ]

2ヶ月ほど前の出来事なのだが、数年後が心配になる話。
俺の田舎は四国。
詳しくは言えないが、高知県の山深い小さな集落だ。
田舎と言っても祖母の故郷であって、親父の代からはずっと関西暮らし。
親類縁者もほとんどが村を出ていた為、長らく疎遠。
俺が小さい頃に一度行ったっきりで、足の悪い祖母は20年は帰ってもいないし、取り立てて連絡を取り合うわけでもなし。
全くと言っていいほど関わりがなかった。

成長した俺は車の免許を取り、ボロいデミオで大阪の街を乗り回していたのだが、ある日どこぞの営業バンが横っ腹に突っ込んで来て、あえなく廃車となってしまった。
貧乏な俺は泣く泣く車生活を断念しようとしていたところに、田舎から連絡が入った。
本当に偶然で、近況報告のような形で電話をしてきたらしい。
電話に出たのは親父だが、俺が事故で車を失った話をしたところ、「車を一台処分するところだった。なんならタダでやるけど要らないか?」と言ってきたんだそうだ。
勝手に話を進めて、俺が帰宅した時に「新しい車が来るぞ!」と親父が言うもんだからビックリした。
元々の所有者の大叔父が歳食って、狭い山道の運転は危なっかしいとの理由で、後日に陸送で車が届けられた。
デミオより遥かにこちらの方がボロい。
やって来たのは古い71マークⅡだった。
それでも車好きな俺は逆に大喜びし、ホイールを入れたり、程良く車高を落としたりして、自分の赴くままに遊んだ。
俺はこのマークⅡをとても気に入り、通勤も遊びも全てこれで行った。
その状態で2年が過ぎた。



本題はここからである。

元々の所有者だった大叔父が死んだ。
連絡は来たのだが、「一応連絡は寄越しました」という雰囲気で、死因を話そうともしないし、お通夜やお葬式のことを聞いても終始茶を濁す感じで、そのまま電話は切れたそう。
久々に帰ろうかと話も出たのだが、前述の通り祖母は足も悪いし、両親も専門職でなかなか都合もつかない。
もとより深い関わりもなかったし電話も変だったので、その場はお流れになったのだが、ちょうど俺が色々あって退職するかしないかの時期で暇があったので、これも何かのタイミングかと、俺が一人で高知に帰る運びとなった。

早速、愛車のマークⅡに乗り込み、高速を飛ばす。
夜明けぐらいには着けそうだったが、村に続く山道で深い霧に囲まれ、にっちもさっちもいかなくなってしまった。
多少の霧どころではない。
かなりの濃霧で、前も横も全く見えない。
ライトがキラキラ反射して、とても眩しい。
仕方なく車を停め、タバコに火をつけ窓を少し開ける。
鬱蒼と茂る森の中、離合も出来ない狭い道で、暗闇と霧に巻かれているのがふっと怖くなった。
カーステレオの音量を絞る。
何の音も聞こえない。
いつも人と車で溢れる大阪とは違い、ここは本当に静かだ。
マークⅡのエンジン音のみが響く。

「ア・・・・・」

何か聞こえる。
なんだ?

「ア・・・・・アム・・・・・」

なんだ、何の音だ?
急に不可解な、子供のような高い声がどこからともなく聞こえてきた。
カーステレオの音量をさらに絞り、少しだけ開いた窓に耳をそばだてる。

「ア・・・モ・・・ア・・・」

声が近付いて来ている。
尚も霧は深い。
急激に怖くなり、窓を閉めようとした。

「みつけた」

一瞬、身体が強張った。
なんだ、今の声?!
左の耳元で聞こえた。
外ではない。
車内に何かいる。

「ア・・ア・・・ア・・・・」

子供の声色だ。
はっきりと聞こえる。
左だ。
車の中だ。

「アモ・・アム・・アモ・・」

なんだ、何を言っているんだ。
前を向いたまま、前方の霧から目を逸らせない。
曲面のワイドミラーを覗けば、間違いなく声の主は見える。
見えてしまう。

ヤバイ。

見たくない。

「・・・アモ」

左耳のすぐそばで聞こえ、俺は気を失った。

「おーい、大丈夫かー」

車外から、知らないおっさんに呼び掛けられて目を覚ました。
時計を見ると朝8時半。
とうに夜は明け、霧も嘘のように晴れていた。
どうやら、俺の車が邪魔で後続車が通れないようだった。

「大丈夫です、すぐ行きますので・・・すみません」

そう言って、アクセルを踏み込む。
明るい車内には、もちろん何もいない。
夢でも見たのかな。
何を言っていたのかさっぱり意味が分からなかったし・・・。
ただ、根元まで燃え尽きた吸殻がフロアに転がっているのを見ると、夢とは思えなかった。

到着した俺を、大叔母たちは快く出迎えてくれた。
電話で聞いていた雰囲気とはうってかわってよく喋る。
大叔父の葬式が済んだばかりとは思えない元気っぷりだった。
とりあえず線香をあげ、茶をいれていただき会話に華を咲かせる。

「道、狭かったでしょう。朝には着くって聞いてて全然来ないもんだから崖から落ちちゃったかと思ったわ」
「いやぁ、それがですねぇ、変な体験しちゃいまして」

今朝の出来事を話してみたが、途中から不安になってきた。
ニコニコしていた大叔母たちの表情が、目に見えるように曇っていったからだ。

「モリモリさまだ・・・」

「まさか・・・じいさんが死んで終わったはずじゃ・・・」

モリモリ?
なんじゃそりゃ、ギャグか?

「・・・あんた、もう帰り。帰ったらすぐ車は処分しなさい」

何だって?
このあいだ車高調整を入れたばっかりなのに何を言っているんだ!
それに来たばっかりで帰れだなんて・・・。

どういうことか理由を問いただすと、大叔母たちは青白い顔で色々と説明してくれた。



おれはモリモリさまに目をつけられたらしい。
モリモリとは、森守りと書く。
モリモリさまはその名の通り、その集落一帯の森の守り神でモリモリさまのおかげで山の恵みにはことかかず、山肌にへばりつくこの集落にも大きな災害は起こらずに済んでいる。

ただしその分よく祟るそうで、目をつけられたら最後、魂を抜かれるそうだ。
魂は未来永劫モリモリさまにとらわれ、森の肥やしとして消費される。
そういったサイクルで、不定期だが大体20~30年に一人は地元のものが被害に遭うらしい。
と言っても無差別に生贄みたいなことになるわけではない。
モリモリさまは森を荒らす不浄なものを嫌うらしく、それに対して呪いをかける。
その対象は獣であったり人であったりさ まざまだが、とにかくいらんことした奴に姿を見せ、こどものような声で呪詛の言葉をかける。
姿を見た者は三年とたたずとり殺されてしまう。
(おそらくアムアモうなっていたのが呪詛の言葉?)

流れとしては、山に対し不利益なものをもたらす人間に目をつけ、呪いという名の魂の受け取り予約をする。
じわじわ魂を吸い出していき、完全に魂を手に入れたあとはそれを燃料として森の育成に力を注ぐ。
そういう存在なのだそうだ。

今回の場合、大叔父が二年前にいかれたらしい。
それもあのマークⅡに乗っている時に。モリモリさまを迷信としか思っていなかった大叔父は、山に不法投棄している最中に姿を見たそうだ。
ほうほうのていで車を走らせ逃げたそうだが、ここ最 近は毎晩のようにモリモリさまが夢枕に立つと言って、ある日大叔母が朝起こしに行くと心臓発作で死んでいた。
だが、大叔父だけでなく恐らく車も対象になっていて、それに乗って山を通ったおれも祟られてしまった。

というのが大叔母たちの説明と見解である。

そんな荒唐無稽な話、信じられるはずも無かったが今朝の出来事を考えると自然と身体が震え出すのがわかった。
何より大叔母たちの顔が真剣そのものだったのだ。
大叔母がどこかに電話をかけ、白い服着た老婆が現れた。
聞くところそいつは村一番の年長者で事情通らしいがそのババアも大叔母たちとだいたい同じような見解だった。
「どうにもならん、かわいそうだが諦めておくれ」と言い残しさっさと帰ってい った。

おれが来たときの明るい雰囲気はどこへやら、すっかり重苦しい空気が漂っていた。
「すまない、おとうさんが連れていかれたからしばらくは大丈夫やと思ってたんやが・・・・」
すまない、すまないとみんなしきりに謝っていた。
まぁ勝手に来たのはおれだし、怖いからそんなに頭を下げるのはやめて欲しかった。

大叔父が車を手放したのは歳がうんぬんではなく単純に怖かったのであろう。
そんな車を寄越した大叔父にむかついたがもう死んでるのでどうしようもない。

とにかく、急にこんな話をまくしたてられても頭が混乱してほとほと困ったが呪詛の言葉をかけられた以上どうしようもないそうなので、おれは日の明るいうちに帰ることになった。
何せ、よそものが 出会った話しは聞いたことがないそうで、姿を見てない今のうちに関西へ帰って車も捨ててしまえばモリモリさまも手を出せないのでは、という淡い期待もあった。
どうやら姿を見てないというのは幸いしているらしい。

大叔母の車に先導されて市内まで出、そこで別れておれは一目散に関西へ帰った。
「二度と来ちゃいかん、このことははよう忘れなさい」大叔母は真顔だった。

帰ったあと、すぐに71マークⅡは言うとおり処分し、こないだあたらしく100系のマークⅡをおろした。
マークⅡが好きなんだなきっと。

信じてるかと言われたら7割ぐらい信じてない。
家族にも話してみたし親父は直接あっちと電話もしたそうだがそれでも信じてないというか、いまいち理解でき ないようすだ。
肝心の祖母はボケてきてどうにもこうにも。
気がかりなのは村を出る道すがら、山道で前を走る大叔母の車の上に乗っかってずっとおれを見てたこども
あれがたぶんモリモリさまなんだろうな

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