電車に揺られて数十分。
窓から見える景色は少しずつ、見慣れた街から知らない景色に変わっていく。
いつしか、目的地に到着する。
いつかの彼の過ごした、僕が知らない街。
駅から降りたところに、見慣れた車が停っていた。
その傍らで煙草を吸いながら遠いところを見つめている男の人がひとりでいる。
「レイジさん、お待たせしました」
声を掛けると、振り向いて笑う。
血の繋がりは伊達じゃなく、やはりあいつとこのひとはよく似てる。
どこか寂しげな微笑も、遠くを見るような目も。
しかし、いくら似ていてもこのひとはあいつではない。
肌はもう少しあいつのほうが白かった。
髪はもう少しあいつのほうが長かった。
背はもうすこし低くて、声はもうすこし枯れていた。
あいつは髭を生やさなかったし、白い服ばっか着てたし、煙草はマイルドセブンじゃなくてアークロイヤルだった。
どんなにところどころが似ていてもこのひとはあいつじゃない。
あいつは、もう
「晴海くん?乗らないの?」
「あ、いえ、すみません」
謝らなくていいよ、と笑う。
このひとはいつも笑う。
笑わないでください。
あいつによく似た顔で、あいつをなくしたぼくのまえで、あいつを見捨てたぼくのまえで。
笑わないでください。
許されていいんだ、と勘違いしてしまうから。
「それ、何?」
カーオーディオから流れる歌を口ずさみながらハンドルを動かすレイジさんが、僕の手元の包みを顎で差して聞いた。
「本です」
「本?」
「…誕生日の」
ああ、とレイジさんが頷いた。
そして、感情のない声で言った。
「…いつも悪いね。」
「…いえ」
悪いのは、罪人は僕だ。
わかってるでしょうレイジさん、僕があいつを見捨てたりしなければ
別の未来があったんです。
ごめんなさい。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい
ご め ん な さ い
何度となく、頭の中に浮かぶ言葉。
消えることのない罪悪感。
ごめんなさいレイジさん、
ごめんなさいナナシ、
ごめんなさい、
「晴海君?真っ青だけど」
不意にレイジさんが言葉を発した。
「…なんでも、ないです」
「そう?………あ」
訝しげに僕を見やるレイジさんが、言葉を切った。
ちょうど、ある曲が流れたからだ。
「太陽…」
あいつが好きだと書き残した、歌だった。
「…いい歌だね」
「…そうですね」
『君のライトが照らしてくれた。
温かくて寒気がした。
光の向こうの君の姿が永遠に見えなくなってしまった。』
ねえナナシ。
そんな歌詞を持つ歌を君はどんな気持ちで聞いていたの。
そんなことばかりを、ひたすら思った。