去年の夏の話。私は、通勤時間が長いので思い切って、職場の近くに引っ越すことにした。
友人と不動産屋に行くと、「ちょうど、8月に完成のワンルームアパートがありますよ」と紹介してくれた。
場所を聞くと、どうも通勤電車から見えるところにあるようだ。
「もしかして、○○小学校の隣ですか?前にひまわり畑がある?」
「そうです、ご存じですか?今工事しているでしょう。
もうほとんど完成して後は外回りだけなので、8月1日から入居できる予定です」
大体、周りの環境のイメージもできたし、何より職場からの最寄り駅、いや、もう電車に乗る必要はない。
そのアパートから徒歩圏内に職場はある。
ほかにも条件の合う物件を紹介してもらったが、やはり新築がいいので、契約しようとしたが、友人に絶対現物を見ないといけない、イメージ通りとはいかないからと止めれ、その日は仮契約だけした
二週間ぐらいして、不動産屋から完成したので中を見てみますかと連絡があり、友人と見に行った。
201号室、2階の西の端部屋。中に入るなりいきなりムッとした蒸し暑い熱気があったが、担当の人が窓を開けると心地よい風が入って……こない。
いや、風は入ってくる。
しかし、なんだこのなんともいえない雰囲気。
外は真夏の太陽がまぶしく照り、部屋も明るい。
隣の小学校からは、今はプールの時間か?子供たちの元気な歓声が聞こえる。
子供の元気な声は、こっちまで元気になるようで大好きなのだが、なぜか元気になれない。
身体が重く感じ、気分が悪い。
心地良いはずの風は、鳥肌が立つほど寒く感じる。
担当の人は、ま、お部屋はこんな感じで、こっちが洗面、トイレも、バスルームも独立させてありますし、なかなかいいでしょうと説明してくれるが、もうそんなことはどうでもいい。
一刻も早くここから出たい、友人が「ちょっと」と服をひっぱり、目くばせをする。
「もう、どこも部屋は決まったんですか?」と友人が聞く。
「はい、2階は全部決まりましたね、あと1階はまだ2軒あいてます。
どうですかね~、決めますか?」
私は、「うーん、なんか思っていたのとイメージがちがうわ。
すみません、せっかく案内していただいたのに…ここはやめます」と言うのが精いっぱいだった。
担当の人は、ほかにも物件はあるので、案内しますよと言ってくれたのだが、また後日にと断った。
私も、友人も、霊感なんて無縁の人間である。
怖い話は好きだが、自分でそんな体験はしたことがない。
でもそういう体験談をまったく否定するわけでもない。
世の中にはいろんな不思議なこともあると思っている。
お茶でも飲もうと、店に入った。
アイスコーヒーを飲みながら、顔を見合わせお互い言いたいことがあるのに言い出せず、ため息ばかりついている。
気分は悪くない、寒気もしない、アパートを出たらいたって普通だ。
友人 「なんか変なものでも見えた?」
私 「いや…A子は見えたの?」
友人 「ううん、見えるわけない」
私 「なんだろ?あのなんともいえない感覚、心地悪さというか」
友人 「でしょ!私も同じ」
私 「霊感強い人間なら、もろ何か見えているのかしらね?」
友人 「そうでしょね、うじゃうじゃ見えるかも。
いやーよかった、私ね、あなたがここに決めると言うだろうなーと思ってドキドキして、それで目くばせしたんだけど、その時はあなたも気付いてたわけだ」
私 「二人とも、霊感もなんもこれっぽっちもないのにね、でもA子のいう通り、現物はきちんとみないと駄目ね」
友人 「いや、わたしは霊的なもんで言ったんじゃないわよ。
壁や床の作りとか、水回りとか、設備とかよ。
でも、今度から霊感も重視するわ」
家に帰り、両親に話すと、それは今引っ越す時期ではないということだろう。
引越しも、時期や方角やいろんなタイミングが合えば、すっと決まるもんだと言われた。
きっとご先祖さまが見守ってくれているんだ。
今までの私ならそういう話は、「何言ってんだか」と軽く聞き流すのだが、さすがに不思議な体験をした後だったので、そういうことなんだろうと素直に聞けた。
この話は後日談がある。
結局、私は今も自宅から通勤している。
通勤電車の車窓から、例のアパートが見えるのだが、どうも私がキャンセルした部屋には誰も入居していないようだ。
気になるとずっと毎日見てしまう。
入居開始の8月から、ほかの部屋は全部埋まっている。
洗濯物や、カーテンを見て住んでいることが確認できる。
しかし、あの部屋はずっとシャッターが閉まったままだ。
今年の春にシャッターが開き、洗濯物が干してあるのを見て、やっと入ったんだと思っていたら、いつの間にかまたシャッターが閉まったまま、物干し竿もなくなっている。
また空き家になったのか?現地に行って確かめたわけではないが・・・・
そして今、霊感があるかといえば、全然。
あのような経験は、あれっきりだ。