私は小さいころ、悪いことをするとよくおじいちゃんに「ちんむしゃからから」が来るぞと言って叱られました。
小学生になり、ちんむしゃ某が効かなくなり、逆にちんむしゃってなんやねんと突っ込むと、おじいちゃんがしてくれた話は、またしばらく効き目を続行させたのでした。
おじいちゃんが戦友から聞いた話です。
おじいちゃんの戦友(仮に鈴木さん)の奥さんは、鈴木さんが兵隊に行ってる間、2人の息子さんを連れて、親戚の家に疎開していたそうです。
親戚は山の方で小さい民宿のようなものをやっていて、その部屋に寝泊りしながら、仕事を手伝って暮らしてました。
鈴木さんの上の息子さん(仮に勝美くん)は、ある日山の中で一人で遊んでました。
遊び疲れて一息いれながら、本当に勝ってるのかわからない戦局や、こんな暮らしがいつまで続くのかとか、いろいろ不安になって一人で泣いてたんだそうです。
そのうち時間が気になって、そろそろ帰ろうとしたのですが、慣れない土地のため迷ってしまいました。
来た道と全然違うところに出てしまい、焦って歩いてるうちに、平らな広場のようなところに出たんだそうです。
そこは20畳くらいの広さで、草が生えておらず、すぐ周りは手付かずな森なのになんだろうここは…
と思ってると、その広場の隅におかしなものを見つけました。
おじいさんがお腹を抱えるようにうずくまっているのです。
土の上に正座して、そのまま前に倒れたような格好です。
うずくまってるので顔は見えません。
具合が悪いというより、その姿勢のまままったく動きません。
まるで気配がなく、異様な感じがしました。
勝美くんは、怖かったのですが、一人で迷子になって心細かったのもあって、声をかけようと近づきました。
おじいさんはいきなり顔をあげました。そして
「ここでなにしてるんだ!ちんむしゃからからが来るぞ!」
と大声で叱り付けたのです。
顔をあげたおじいさんは目が見えないようでした。
目をつむったまま、腕を振り上げて、
「早く帰れ!ちんむしゃからからに見つかるぞ、帰れ帰れ!!」
おじいさんは、怒鳴りながらも立ち上がろうとはしません。
足も悪いようでした。
あとで考えると、このとき他の行動もとれたし、数々の疑問も解けたかもしれないと悔しがってたそうなんですが、このときの勝美くんはとにかくおじいさんの凄い剣幕にびっくりしてしまい、言われた通りにあわてて逃げ帰ろうとしたのです。
パニックになってた勝美くんは、自分が迷ってたのも忘れて山の中を走り回りました。
どこをどれだけ走ったのか思い出せなかったのですが、木の枝や草のつるがやたら体に絡んだことは覚えてました。
それを振り払いながら走り続けるうちに民宿の裏手が見えました。
気づけば日がかなり暮れていました。
民宿に帰って、一部始終を話すと、心配して待ってたお母さんにただの言い訳だと思われ、よけいに叱られました。
勝美くんもやっぱり自分がおかしいのかもと思いました。
でもなんだか背中がむずがゆい。
勝美くんに言われて服をめくったお母さんが、
「あんた何してきたの?」
勝美くんの背中には、黒い小さな手形が無数についていたそうです。
勝美くんは一人で遊んでいたので、そんな手形がつくはずないのです。
それを見た親戚はなぜか勝美くんの背中に手を合わせて拝みました。
ちんむしゃからからは結局なんだったのかよくわかりません。
よくわからないのに怯えていた幼かったあのころがなつかしい。