それはもう、いつのことだったか覚えていないが、たしか今日のように寒い中三の秋の日だったと思う。
どうしてそんな話が出たのかわからないが、いつもの帰り道、僕と親友の会話に「狼少年」という童話の話がでてきた。
おそらくその数日前に、道徳の授業でメルヘン好きな担任がこの話を朗読していたことから、そういう流れになったんだろう。
「あれは、可哀想な話だな」
親友が呟いた。
「そうかな。自業自得だよ」
と僕は反論した。
自分のたのしみのために嘘をついて皆に迷惑を掛けて、それで信用されなくなってなにもかも失ってしまったわけだから、むしろ勧善懲悪に近い話だと、僕は思ったから。
しかし親友は、ゆっくり首を振るといつもとは少し違った笑顔を浮かべながら言った。
「考えても見ろ。狼少年は野原に一人ぼっちでいたわけだろ。どんな寂しいと思う?
それも、いつ狼がきてもおかしくないような場所に。」
頭を金槌で叩き割られた気がした。
そうだ、言われてみれば、その通りだ。
狼少年は、狼のきてもおかしくないような場所に、ずっとひとりぼっちだったんだ。
ずうっと、ずっと。
「どうして大人は、『危ないから行ってはいけない』って、言ってやらなかったんだろうな。
羊のほうが、子供より大事なんだろうな、きっと。」
親友はひどく滑稽そうに笑った。
「そりゃ嘘もつきたくなんだろ。だって自分が一言『狼がきた』って言えば、大人は来てくれるんだ。パパもママも皆。
いつもは忙しいって構ってくれない大人が、自分の一言で血相変えて飛び出してくれるんだぜ?そんなうれしいことあるかよ。
だから嘘つくんだよ。
たとえ、大人が心配してるのが、自分じゃなくて羊だって、わかってても、な。」
親友のその言葉に、ひどく胸が痛くなった。
たかが童話に、そこまで深読みするなんてばかげてる。でも、事実、そういうことだ。
いつも一人ぼっちの子供。
狼がくるかもしれないような怖い場所で、だれかのぬくもりを、たとえ自分に向けられたものでなくても、ほしいとおもう。
それの、なにが罪になるというのか。
まして、大人は結局、最後には彼を見捨てた。
どうせ嘘だろう、と、見捨てた。
それこそが、罪なんじゃないのか。
そう、思った。
それから、親友は何も言わなかった。
僕も何もいえなかった。
それからしばらくして、あの事件がおきた。
今ならわかる。
狼少年は、彼だった。
そして、大人は、きっと僕だった。