[ナナシ 第24話]さがしもの 中編

[ナナシ 第24話]さがしもの 中編 俺怖 [洒落怖・怖い話 まとめ]

[さがしもの 3]
到着した白いマンションの5階が、その場所だった。
エレベーターで5階にあがり、503というプレートのついた部屋の鍵をレイジさんがあける。
フローリングの廊下にあがり、つきあたりのドアのまえに立つ。
ここだよ、とレイジさんは言うと、ドアノブを回して引いた。
開かれたドアの向こうは、揶揄でも比喩でもなく、本当にただただ真っ白だった。
川端康成の小説の冒頭を無意味に思い出す。
国境の長いトンネルを抜けると、雪国だったというあれだ。
トンネルではなくドアを開けると、雪景色のような白い部屋だった。
白い壁紙。白いベッド。白い棚と白い机に白いカーテンがひかれた窓。
なにもかもが真っ白な部屋で、フローリングの茶色い床だけが色を放ち、なんだか異様に見えた。

そうだ、これはナナシの色だ。

そう僕は思った。
僕が知る彼はいつも白い服を着ていた。
制服はもちろん皆揃って白いカッターシャツだが、彼は私服でも白い服が好きだった。
よく着ていたTシャツも無地の白だったし、よく着ていたぶかぶかのパーカーも、ブランドマークの傘の小さな刺繍が入ってる以外は、真っ白だった。

「黒い服は、喪服みたいで嫌いだから」

といつだったかに言っていた。
たまたま有線か何かで聞いた歌に、「黒い服は死者に祈るときにだけ着る」というフレーズがあったことを、僕はまた無意味に思い出していた。

そんなことばかり考えている僕は、やはり緊張し、軽いパニックになっていたのだろう。と今では思う。

「そこに、座って」

レイジさんは、立ち尽くして惚けている僕に着席するよう促した。
僕は慌てて白い小さな机のまえに腰を下ろした。
そして改めて部屋をぐるりと見回す。

彼がいたときのままだという、部屋。
僕の親友が過ごした部屋。
僕の知らない部屋。

きれいに片付いた部屋。棚に並ぶ本とCDデッキ。カラーボックス。棚の上に散らばったCDといくつかの雑誌。
ラックに吊された服はやはり白いものばかりだ。

そして、目に止まった、コルクボード。
遠いいつかに彼の実家で見たものと同じだった。

「これ…」
「ああ、見てくれていいよ」

棚を探っていたレイジさんに許可をもらい、コルクボードに手を伸ばす。
小さな紙と、写真が貼られている。

写真は、僕らと撮ったものや、彼が最愛のひとと撮ったもの、ピントがずれた風景写真。
そして小さな紙は、僕らが授業中にまわしていた、ノートの切れ端を使った手紙。
他愛ない内容の、汚い文字が書かれた手紙だった。

こんなものを、彼はまだ大切にとっておいた。
こんな他愛ない、落書きを、大切に飾っていたんだ。

どんな気持ちで、彼はこのコルクボードを眺めていたんだろう。

そう考えると、心臓を握り締められているような何とも言えない痛みがした。
口許が歪み、目の前の風景がぐにゃりと歪みのが自分でわかる。

泣くな。泣くんじゃない。そう自分を叱るが効果はない。
僕は嗚咽が口から漏れないよう必死に唇を噛んだ。

こんなものを、大切にしていた。
こんなものを、大切に飾っていた。

こんなもの、いつだってあげられたはずなんだ。
僕があのとき逃げ出さなければ、こんなもの、飾るスペースが足りなくなるほどたくさん、彼にあげることができたのに。
彼からもらうことができたのに。
タイムマシンがあったならあのときの自分を殺してやりたい。
そして今度こそ、彼の病室に向かって走るのに。
町を去るときには、見送りに走るのに。

あるいは、いっしょに死んでやるのに。
今さらだけど、今の僕があのときにいれば必ず。

あいつが望んだように、ひとりになんかしないで、いっしょに向こう側まで渡ってやるのに。
否、そんなことしなくても、いっしょに生きていこうと言ってやれるのに。
どうしてそんな簡単なことができなかったんだろう。
あいつがしたことは間違っていた。正しかったとはいえない。
ならばなぜ、止めてやらなかったのか。
間違ってしまったとしても、どうしていっしょにそれを正そうと、やり直そうとしなかったのか。
どうして、怯えながら笑っていたあいつを抱き締めてやらなかったのか。

そんな罪悪感は涙になって頬を伝った。

「ナナシ、」

ごめん、と掠れた声で呟く。
もちろん彼に届くことは、永遠に、ない。

「藤野君」

声を掛けられる。
振り返ると、これまた白い分厚い手帳のようなものを手にしたレイジさんが立っていた。

「見て、もらっていいかな」

なんともいえない笑顔を浮かべて、ノートを差し出すレイジさんに、僕は小さく頷いた。
真っ白なノートを開くと、そこには見慣れた文字が並んでいた。
少し右上がりの、角張った文字。
いつもこの文字が授業中にメモに書かれて回ってきた。
懐かしい、ナナシの文字だ。

「これは…」
「キョウスケが、18のときから、19で死ぬまでにつけてた日記」

レイジさんはそう言うと、読み進めるよう手で促した。
僕は頷き、そっとページをめくった。

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