学生時代、二学期も半ばに差し掛かった頃。
僕らのクラスでは、なぜか『学校の怪談』というアニメが大流行し、今更ながらオカルトブームが訪れていた。
女子はこぞっておまじないなどにハマりだし、男子は肝試しに出掛けた。
僕としては、今まで友人のナナシと体験してきたことのほうがよっぽど怖かったし、当のナナシも今までの体験談を話すこともなく、いつものようにヘラヘラして皆の話を聞いていたから、何も言わなかった。
散々出まくった都市伝説にキャーキャー言うクラスメイトたちを見ていると、『知らぬが仏』って本当に名言だなあ、と思っていた。
そんなとき、唐突に声をかけられた。
「今日、俺ん家来ないか?」
それは、ヤナギと言うクラスメイトからの誘いだった。
ヤナギは、親父さんが貿易だか輸入なんたらだかの会社の社長で、まあ、いわゆるお金持ちだった。
でも金持ちにありがちにな厭味がなく、むしろサバサバして皆から好かれていたし、僕やナナシも仲良くしていた。
「なんで突然?」
僕が尋ねると、
「ウチの親父が、珍品コレクター、っての?なんか不気味なモンばっか集めててさ。
いわくありげな物もあるから、見に来ないかなぁと思って」
と、ヤナギは言った。
すると、いつの間にかナナシが僕の隣に立っていて、
「行く行く。ぜひともお邪魔します。俺もこいつも、そうゆうの好きでさぁ」
と、僕の肩をつかんで引き寄せ、僕の意思や意見は完璧無視で誘いを受けやがった。
こうして、僕らはヤナギの家にお邪魔することになった。
「ここなんだよ。」
放課後、馬鹿デカいヤナギの家に着くなり、僕らは地下室に案内された。
地下室と言っても、じめじめした嫌な雰囲気はなく、特に怖いことが起こる予感はしなかった。
正直、ナナシといると変なことばかり起こるので、来るまでは不安だったのだが。
「今日は親父いないから、まあゆっくり見てけよ」
ヤナギが地下室の鍵を開ける。
なんだかんだ言いながら押し寄せていた期待感に心臓をバクつかせていると、ドアが、開いた。
「…ん?」
しかし、中には期待していたようなおかしなものはなかった。
古い本や、ちょっと大きな犬の剥製、振り子時計なんかが置かれているだけだった。
「べつに珍品じゃないんじゃね?」
もっと、こう、動物の生首だとか奇形物のホルマリン漬けだとか、殺人鬼が使っていた刀だとかを想像していた俺は、なかばがっかりしながら言った。
しかし、隣に目をやると、ナナシが笑っていて僕はゾッとした。
いつものヘラヘラした笑顔ではなく、あの不気味な歪んだ笑顔だった。
「まあ、そうでもないんだよ」
ヤナギはそんなナナシの様子に気付くことなく、僕の発言に答える。
「たとえばこの振り子時計。
これは、どっか外国の殺人鬼の物でさ、この扉の中に殺した人間の指の骨を入れて集めてたらしいよ。
こっちの剥製は飼い主の赤ん坊を噛み殺した犬らしいし、この本は自殺した資産家が首をくくるときに踏み台にしたものなんだと。」
ヤナギがスラスラと不気味な話をし出す。
つまりヤナギの親父さんは、そうゆういわくつきの物をコレクションしてるわけだ。
「まあ、本当かどうかはわかんないけどさ。」
ヤナギは笑った。
そのとき、
「なあ、これ、何?」
ナナシが何かを見つけた。
それは、ちょっと煤けていたけど、立派な女の子の人形だった。
フランス人形か何かだろうか、青い瞳を伏せている。
「ああ、それか」
ヤナギが人形を持ち上げる。
「これは特に不気味なもんじゃないんだけど、変わった作りがしてあってさ。」
ココ、と、ヤナギが人形の瞳をつつく。
「なんか、角度や色が細かく計算してあって、絶対に目が合わないようになってんだよ。」
なるほど、確かに目が合う人形は山ほどある、というかむしろ人形とは目は合うものだが、絶対目が合わない人形とはめずらしい。
僕も人形をヤナギから受けとり、目を見てみた。
確かに、微妙に目の焦点がズレて見える。
「へぇ。こいつは面白いな」
僕は人形を色んな位置に移動させて、目を合わせようと試みた。
けど、やはり目が合わない。
どこか違う方を見ている。
そのとき、気付いた。
どんなに移動させようと、角度を変えようと、目の合わない人形。
その人形が、僕から目をそらし、見ている一点。
それは、 ナナシだった。
「え?え?」
僕は場所を変え角度を変え、立ち位置を変え、人形を動かした。
しかし、どんなにそれらを変えても、目の合わない人形はナナシの方を見ていた。
どの位置に立っても、ナナシがいる方に目線が向いている。
じっと、睨みつけるように。
おかしい。
オカシイオカシイオカシイ。
僕はパニックになって人形を揺さぶっていた。
怖くて怖くて仕方なかった。
どうしてナナシの方を見るのか。どうして。
そのとき。
「ホラ、いい加減にしろ。」
ナナシが僕の手から人形を奪うと、元の場所に置いた。
僕は汗だくになっていた。
「悪いなヤナギ、こいつ夢中になると我を忘れるから。
でも面白いな、親父さんのコレクション」
ナナシがヤナギに詫びを入れ、ほかに話を振る。
ヤナギも特に何か疑う様子もなく、話をしている。
それでも僕は、やっぱり人形を見ていた。
人形は、やっぱりナナシを睨みつけていた。
しばらくお喋りをして、僕とナナシはヤナギの家を後にした。
帰り道、僕はナナシに思い切って言った。
「ナナシ、あの人形…」
「ずっと俺のほう見てただろ?」
やっぱりナナシはわかっていた。
ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべながら、僕を見る。
「なかなかお前も、だいぶカンがよくなったじゃねぇか」
俺の教育の賜物だ、などとふざけたことを抜かすナナシに腹を立てつつ、半ば呆れて僕は言った。
「お前、よく怖くないよな。」
するとナナシは、ハッ、と鼻で笑うと、
「俺はお前の後ろに突っ立てた、手足がやたら折れ曲がった女のが怖かったぜ?」
ベキベキベキって、聞こえてきそうでさ。
と、言った。
僕は急速に体が冷えてくのを感じた。
「ん?知らなかった?」
ナナシはケラケラ笑って、
「『知らぬが仏』って、ホント名言だよな。」
と言った。
どこかで聞いたセリフだと頭の隅で感じながら、僕は走ってその場を去った。
それから僕がヤナギの家に行くことは、二度となかった。