北千住にある炉端焼きの店で、バイトしていたときのお話。
働いていた俺がいうのもなんですが、いつもヒマな流行らない店でした。
店主は五十年配のおばちゃんで、店を長年一人で切り盛りしていたのですが、無理がたたって病気になり、俺が雇われたときには、店の外見も内装もボロボロでした。
客も常連の年寄りばっかり。
コップ酒に安いツマミでいつも深夜まで居座ってるのです。
その中でも、とくにしつこいのがTさんという六十代の一人暮らしの人でした。
ある晩、Tさんがきました。
コップ酒とツマミを注文すると、いつものようにおばちゃんに話しかけてきました。
おかしいなと思ったのは、Tさんがきて三十分も過ぎたころでした。
普段から大きな声の人なんですが、一本調子で何度も同じことを話しているのです。
それも、カウンターの中で動いているおばちゃんが移動すると、そちらに席をかえて、その間もずっと喋り続けなのです。
俺は店の中にいるのもいやになって、掃除や瓶の整理をしてました。
拭き掃除をしながらなにげにTさんをみると、Tさんがカウンターごしに長ーく首をのばしてました。
おばちゃんは狭いカウンターの中で精いっぱい避けているのですが、反対側に避けるとそちらにTさんが回ってくるので、避けきれないのです。
異常な大声で喋りつづけるTさんに、俺もヤバイと思いはじめました。
しかし、看板にするといってもTさんは帰ろうとしません。
包丁もあるし、怖いなと思っていたとき、仕入先のフードサービスの社長がきました。
おばちゃんと俺が困ってるのをみて、カウンターに入ると、Tさんの眼の前で鳥をさばきはじめました。
パーンと鳥の首を包丁で落としながら、
「あんた帰らんかい」
と言うと、Tさんは素直に帰りました。
Tさんが死んだと聞いたのは十日後です。
布団のなかで亡くなって一週間以上だれにも発見されなかったそうです。
おばちゃんは、
「じき死ぬ人は、淋しがるからねえ」
と言ってました。
その年に、おばちゃんは店を閉めて入院し、翌年の五月に亡くなったそうです。
今でも、カウンターごしにニュッと伸びていたTさんの長い首を思いだします。
Tさん、おばちゃんを連れていきたかったんでしょうか。