もう何十年も前の小学校時代の話。
確か4年生の夏休みだったと思うけど、友だちと二人で神社の境内で遊んでた。
そこは深い山の入り口にある小さな神社で昔は地域の氏神的な扱いでお祭りもあった。
けれど新しい神職の代になってから集落の氏子衆と仲が悪くなり、お祭りも立ち消え、参拝する人もほとんどいなくなって寂れる一方だった。
神職は生活ができないから何かの卸のような商売を始めて、時々都会から柄の悪い連中がバンでやって来ていたと後で聞いた。
大人は暗にその神社で遊んじゃだめだって口ぶりだった。
でもカブト虫やクワガタがたくさん付く木があり、俺はよくその山に入ってた。
山に入るには神社の石段を利用するしか方法がなかったが境内に入る前に山の奥に入っていく小径もあった。
ただ境内の端に大きなシラカシの木があって、クワガタがついてることもあったんで、それは必ず覗いていた。
俺たちが虫カゴを持ってその木を見ていると神社の裏手から神職が白い着物に袴姿で歩いてきた。
俺らを見つけてジロッとにらんで口を開きかけたが何も言わなかった。
怒られると思って首をすくめてた時、神職が手に持ってるものに目を引かれた。
片手にホウキ、片手に手製らしい木の大きなチリトリを持っていて、そこに山盛りに虫の死骸が集められていた。
コガネ虫が多かったがカブトなどの甲虫の他に、蛾やセミ、カナヘビのしっぽのようなのも見えた。
神職がいなくなってから、俺と友だちは神職が来た方に行ってみた。
神社の裏には木造りの古い小屋があって中はそんなに広くはなさそう。
お祭りをやってた頃の道具なんかをしまってあるようなとこだと思うけど、ガラス窓がベニヤ板で塞がれて中が見えないようになってる。
それよりも驚いたのはその小屋のまわりの様子で、粉か何かが撒かれてるのかと思ったら1cmくらいの層になったヤブ蚊やアブ、クモなんかの死骸だった。
友だちが
「さっきのチリトリの中の虫もここで集めたんかな?」
と言うんで
「この状態じゃきりがないから大きいのだけ拾ったのかも。薬でも使ってるのかな?」
と応えて虫の死骸を踏みながら小屋のまわりをまわってみると一ヶ所板が破れたところがある。
「気になるよな。ちょっとのぞいてみようよ」
そう言うとかがんで、縦20cmくらいの板の割れ目に顔を近づけた。
「うーん暗くてあんまり見えないけど、なんか箱が積んである。白い箱がたくさん」
交代して俺がのぞいてみると白い四角い箱が積んである……。ようにも見えるけど、はっきりと何とわかるものはない。
つまらなくなって、もう行こうよと言ったら
「じゃ、最後にもう一回」
と言ってのぞき込んだ。
「あれ、何か動いてる。……。こっちに近づいてくる」
と言ったとたん、後姿がびくっと震えて虫の死骸の上に尻餅をついた。
「どうした」
と近づくと友だちは大量に鼻血を出していて首から胸が真っ赤になってる。
鼻血はどくそくという感じで流れてるのに、それにかまわず首を左右に振っている。
俺があっけにとられてると背後から
「こらっ、ガキども何をしてるっ!!」
という怒鳴り声がして、振り向いたら神職が顔を真っ赤にして叫んでる。
俺は弾かれたように立ち上がり、虚ろな目をしている友だちの手を引いて
「ごめんなさい!」
と言いながら神社の逆の側を曲がって石段まで行った。
そこで止まって後ろを見たが神職は追いかけてはきてない。
友だちのシャツは鼻血で体に張りついたようになってる。
血はさっきほどひどくは出てなくて歩けるようだったんで、ティッシュを鼻に詰めさせてゆっくり階段を下りながら、
「……。何を見たの?」
と聞いても、ただ下を向いて首を振るばかりで何も言わない。
家まで送っていったけど、その間も一言もしゃべらなかった。
友だちの家にはお祖母さんがいて、シャツの大量の血をみてオロオロしていた。
それから友だちは学校を休みがちになり、たまに来ても俺を避けるようにして話をしなくなった。
そのうちクラス替えになって結局何があったのかはわからないまま、2年後、6年生の時に血液の病気で亡くなった。
ちょうど同じ頃だったと思うけど、あの神社の神職も死んだ。
心臓マヒか何かだと思うけど小屋の前で倒れているのが発見されて、祀る人のいない神社は解体されることになったんだが小屋の中からは古代の鏡や土器、管玉なんかがたくさん見つかった。
神社の裏山には小さな古墳がいくつもあって、そっからこっそり掘り出したものだろうという話だった。