川原礫ヶ沢の『つぶておに』という話をしようと思う。
家からそう離れていない山の中の小さな川なんだけど、そういう名前の場所があるんだ。
その名前の由来というのが昔話からなんだけど、その昔話に出てくる『鬼の礫』というのが変わった石で、大きさはまちまちなんだけど、鬼が握った痕のような模様がついている。
確かにそれは石なんだけど、ぶつけられても痛くない。
多分、粘土かなんかじゃなかろうかと思うんだけど、握ってみると普通の石くらい硬い。
その鬼の礫が礫ヶ沢を探すと、たまに見つかったりするんだ。
でも、それを家に持ち帰ってはいけない、という決まりになっていて、「鬼の礫は向こう岸」と言って川に投げ込まなければならないんだ。
その理由をばあちゃんに聞くと、「昔話みたいに鬼がやって来るから」・・・そう言うんだ。
当然、本当に?とか言うわけなんだけど、その度にばあちゃんの子供の頃の話を聞かされる。
ばあちゃんの子供の頃の話というのが、『つぶておに』という、鬼ごっこみたいな遊びをした時の話でさ。
簡単に言えば、鬼が石を持って鬼じゃないヤツにぶつける。
ぶつけられたらそいつが鬼になって石を持って追いかけるというもの。
ちょっと変わってるのは、鬼が使う石は鬼の礫で、その石の交換は出来ない。
だから、ぶつけそこなうと、それを探している間はかくれんぼの様を呈してくる。
そしてここからが大事なんだけど、遊び終わって帰る時はその石を川に投げ込み、「鬼の礫は向こう岸」と叫ばなければならない、ということ。
これは、終わりの合図にもなっていたと思うんだけど、実はそれだけじゃないらしい。
つぶておにで遊んでいた、ばあちゃんと近所の子供達。
その日、ばあちゃんは家の都合で先に帰ったんだけど、その残りの子供達が遅くまで遊んでいたのね。
日が暮れた後で、そいつ等は帰って来たんだけど、その晩、凄いことが起こったらしいんだ。
村のある家で、一家惨殺事件が起こった。
爺、婆、お袋と、包丁で滅多刺しにされた姿で翌朝に発見されてさ。
(親父は出稼ぎ中で居なかった)イヤなことに、その死体は肝が食い荒らされていた。
それでいて、そこの子供の姿がなかったものだから大騒ぎだったらしい。
せめて子供だけでも、ということだったんだろうね。
ところがさ、それを聞いて青ざめたのが一緒に遊んでいた子供達で、「実は大変なことをした」と、ばあちゃんにこっそり話した訳よ。
それは、最後に鬼になったのが例の家の子供で、礫を探している間に、みんな帰っちゃったらしい。
ここからは、ばあちゃんの推測なんだけど、「暗くなって誰もいない河原で石を見つけたヤツは、そのまま石を持って、泣き帰ったんじゃないか?」そう思ったわけ。
ところが「鬼の礫は~」をしていないから、鬼が付いて来たんじゃ無かろうか、と。
子供心に心配になったばあちゃんは、村のお寺のお坊さんに相談に行ったんだって。
そしたらばあちゃん、お坊さんに怒られる怒られる。
なんか、一生分怒られたかと思うくらい怒られたんだって。
「今思えば、やったのは自分じゃないから理不尽この上ない」
そう笑って話してくれたけど、とにかく凄い剣幕だったんだって。
お坊さんは村の駐在さんと村長さんを呼んで何やら話し込んでたんだけど、ばあちゃんは子供だから蚊帳の外。
その後、大人達が色々している間に子供が見つかったそうな。
ばあちゃんは心配になって会いに行ったら、縄でぐるぐる巻きにされて、駐在さんに引きずられている。
ヤツの表情は凄い面変わりしていて、まるで獣のような表情だったんだって。
そして、その時にばあちゃんはしっかり見たんだそうだ。
子供の手に鬼の礫があるのを。
子供の影に角が生えていたことを。
それ以来、その事件は村の忌み事となって話題にはあがらないし、つぶておにもしてはいけない遊びになってしまったということ。
まあ、婆ちゃん達自体が怖くてもうする気はなかったみたいだから、あえて禁止にするまでもなかったと言ってるけど。
<実は、ここまでが前ふりで・・・>
今年の夏、うちの実家に大学の友達3人が遊びに来たんだ。
キャンプをするのに手頃な河原はないか、ってことで礫ヶ沢を推薦したんだけどね。
それで、河原で2泊ほどして帰ったんだけど、その時につぶておにの話をしたわけよ。
一緒にいた友人をA、B、Cとすると、オカルト好きのAが早速やってみないか、そう言うんだ。
だけど、ばあちゃんの真剣な表情を見ている俺は、断固拒否。
BとCは、そういった方面には全く興味がないから、「嫌がる奴がいるなら、あえてするまでもない」ということで、その場は終わりになったんだが・・・。
夏休みも終わり、大学が始まって秋口の頃、気が付くと、Aを学校で見なくなったんだ。
おかしいなあ、と思ってBやCとも話していたんだけど、その時にBが思い出したようにこう言ったんだ。
「そう言えばAのヤツ、先々週あたり、お前の実家に行くって言ってたぞ」
「・・・なんで?」
「なんでも、オカルト研の連中に例の礫の話をしたら盛り上がったんだって」
それを聞いた俺は、イヤな予感に包まれたんだ。
オカルト研の連中に話を聞いてみようと思ったんだが、奴らの活動場所が分からない。
すると、Cもイヤなことを言い出すんだ。
「そう言えば、俺の知り合いにオカ研がいるんだけど、そいつも最近見ないな・・・」
益々、イヤな予感が強くなる俺。
正直、関わり合いになりたくなかったんだけど、このままってのも気分が悪いので、とにかくAの家に行ってみよう・・・
そういうことになったんだ。
Aのアパートに行く途中、近くのコンビニに寄ったら偶然Aとバッタリ会った。
始め、何かやたら挙動不審な奴がいるなと思ったら、それは酷く怯えたAだったんだ。
俺たちがAに声をかけると、Aは凄い怯えた表情で逃げようとした。
・・・が、俺の顔を見た途端、Aは凄い勢いで捲くし立てたんだ。
いや、正直もう何を言っているかも分からなかったんだけど。
とにかく凄い怯えようで、俺たちはAのアパートに連れ込まれた。
Aの話を要約するとこんな感じ。
あの後、礫ヶ沢でつぶておにをオカルト研でやりに行った。
実際に鬼の礫を見つけてつぶておにをやってみると、不思議なことに、確かに石なのに痛くない。
その後、「鬼の礫~」をやらずに石を持って帰って調べてみよう、そういうことになって、石を持ち帰った。
ところがその帰り、夜の国道を走っている時に異変が始まった。
礫ヶ沢に行ったオカルト研は、AとD(Cの知人)と、E(教育学部の地学研究室)の3人。
石を持ち帰ったのはE。
普段はやたらおしゃべりなのに、帰りの道中では殆ど口をきかない。
「まあ、疲れているんだろうな」くらいに思っていた。
3人が帰りにコンビニへ寄り、飲み物なんかを補充していると、Eが飲み物の他にカッターなんかを買っている。
その時は「おかしなヤツだな」、程度にしか思わなかったんだ。
コンビニを出る時、Eの影に角が生えているようにAには見えた。
ギョッとして見直すと、コンビニのガラスの影の具合でそう見えただけのようだ。
「つぶておにの話を聞いた後で、神経質になっているんだ」そう思い直して車に向かった時、車からDの悲鳴が聞こえた。
それは、EがカッターでDに斬りつけたところだった。
Aは後ろからEを羽交い締めにしてどうしたんだ!と叫ぶと、Eの首がぐるっと回り(そう見えたらしい)、獣のような目でイヤな笑いをしたそうだ。
次の瞬間、Aは太ももをEのカッターで斬りつけられて、その痛みでEを放してしまったそうだ。
Dはその間に車へ乗り込み、ドアも閉めずにそのまま車で逃走。
Eは開きかけのドアに捕まり、車に引きずられて行ってしまったそうだ。
一人残されたAは恐怖に震えながら、タクシーで家に帰ったそうだ。
後日、Aは大学で連中のことを聞く。
その日、Dの車は近くの陸橋で自爆事故。
Dはその時の怪我で入院中。
Eはその日以来、姿を見せていないとのこと。
Aはその話を聞いて、「次にEが来るのは自分のところじゃないか・・・」そう思って、アパートに閉じこもっていた。
事の顛末を聞いた俺は、実家に電話をかけて村の寺の名前を聞き、寺の住職に電話をかけようとした。
その間、Aはベッドの上で毛布に包まって震えていたのだが、突然悲鳴を上げた。
窓の外を見ると、むちゃくちゃ汚れた男が、ベランダから部屋の中を覗いていたんだ。
目つきが尋常でなく、イヤな笑い顔でブツブツ言っている。
その常軌を逸した姿を見た時、俺の背筋は冷たくなった。
男は手にした石でガラスを割ると、ゆっくりと部屋の中に入って来た。
俺たちは暫し呆然としていたが、そこは男3人。
カッターを振り回す男相手に、椅子や鍋などで立ち回り。
何とかその男を取り押さえた時に、ドアの外から警官の声がしたんだ。
「こんな怪しい風体の男がベランダをよじ登ったりしていれば、そりゃ通報もされるわな」なぜか冷静に考えていた俺の脇では、Aが失神してしまっていた。
俺たちが捕まえた男は案の定Eで、心神喪失状態でどうなるかは分からないとのこと。
Aは実家へ帰って、その後のことは知らない。
寺の住職に電話をしたら、俺がこっぴどく叱られる羽目になった。
後は任せてもう関わるな、と釘をさされた俺は、正直あんな大立ち回りを演じるのは嫌なので、住職の言葉通り、事件に関してはもう触れないようにしている。
たまにBとCとで飲む時に、少し話すくらいだ。
ただ、ひとつだけ気になっていることがあって・・・。
あの鬼の礫、その行方がどうなったか。
Eを取り押さえたあの時、部屋に鬼の礫が転がったはずだが、警官がやって来た時には石の姿は見えなかった。
いや、警察が押収していれば、住職が何とかしているだろうけど。
もし誰かが持っているのなら・・・今でもそう考えると背筋が寒くなる。
礫ヶ沢の鬼の礫には気をつけて。