漁村を見下ろす丘の上には、小さな林と『軍人御殿』と呼ばれる古いお屋敷がありました。
お屋敷は平屋ですが、別に土蔵もあり、白壁で囲まれていました。
後ろに林、前には海を一望しています。
その屋敷は、戊辰戦争の時に功績をあげた軍人が別荘として建てたものだと言い伝えられていました。
その軍人が亡くなったあと、家族からその別荘は忘れされたように使われることはなく、人手に渡りました。
地元の金持ちや代議士などが住みましたが、数年、長くても十数年住んだあと手放してしまいます。
別にその屋敷に住んだ者たちが短命というわけではないのです。
ただ、屋敷を逃げ出してしまいます。
数家族が住んだあと、地元の裕福な商人が別荘として入手します。
彼は女中や小間使いを引き連れて越してきました。
彼らのための別棟を建てることもしました。
女中の一人はこの漁村の出身のものだったのですが、彼女が親族に語るに、
「あの屋敷には幽霊が出る。
いや、幽霊というものとは違うのかもしれない。
普通の姿をした人間が、夜といわず昼といわず、いろいろな場所に出没する」
何か悪さをするのか?
「それが、まったく何もしない。
まるで生きている人間のように、食事をしたり、廊下を歩いたり、風呂にはいったり、応接間で歓談していたりする」
その幽霊は、男か女か?
「それが、いろいろなものがでる。
若い男たち、女たち、老人ら、子供たち」
それでは、気が休まらないではないか?
「そうだ、その商人の家族や使用人たちはとても恐れている。
現れる場所も時間もばらばら。その兆候もない」
皆がそれを見るのか?
「そうだ。全員が目撃している」
その主人は気丈な人であったようで、警察に届けて、また、いわゆる探偵業者のような者たちにこの現象を調査させました。
警察官はそれを目撃しましたが、捕縛することもかなわず無力でした。
しかし、探偵は成果を出しました。
その屋敷に現れる老若男女は、どうもその屋敷に以前住んでいた人々だということが分かりました。
では幽霊か?
そのとき他界していた人もいましたが、まだ別の土地で存命なものもいました。
では生霊なのか?
そうとも言えない、ということが分かります。
存命中に人間に面会して話を聴いても、別にその屋敷に現れる人間はその屋敷に執着もしていないし、なんの恨みもない。
ただ、言いづらそうに述べた、その屋敷から出て入った理由は、
「同じような幽霊?が出るので、気味悪いので屋敷を手放した。
何の害もなかったが…」
という。
その家は、そこに住んだ人間とその生活を『記憶』していて、それを『思い出している』のだろう、ということでした。
結局、その屋敷を商人は手放したそうです。