師匠シリーズ 第10話 歩くさん

師匠シリーズ 第10話 歩くさん

僕の畏敬していた先輩の彼女は変な人だった。
先輩は僕のオカルト道の師匠であったが、彼曰く
「俺よりすごい」
仮に歩くさんとするが、学部はたしか文学部で学科は忘れてしまった。
大学に入ったはじめの頃に歩くさんと、サークルBOXで2人きりになったことがあった。
美人ではあるが表情にとぼしくて何を考えているかわからない人だったので僕ははっきりこの人が苦手だった。
ノートパソコンでなにか書いていたかと思うと急に顔を上げて変なことを言った。
「文字がね、口に入ってくるのよ」
ハア?
「時々夜文章書いてると、書いた文字が浮き上がって私の口に入りこんでくるのよ」
「は、はあ」
な、何?この人。

「わかる?それが止らないのね。書いた分より多いのよ。いつまでも口に入りつづけるのよ。そのあいだ口を閉じられないの。私はそれが一番怖い」
真剣な顔をして言うのだ。
当時は電波なんて言葉は流通してなかったがモロに電波だった。
しかしただのキチ○ガイでもなかった。
頭は半端じゃなく切れた。
師匠がやり込められるのを度々見ることがあった。
歩くさんはカンも鋭くて、バスが遅れることを言い当てたり、「テレビのチャンネルを変えろ」というので変えると巨人の松井がホームランを打つところだったりしたことがしばしばだった。
ある時師匠になにげなく歩くさんってなんなんですかねーと言ってみると「エドガーケイシーって知ってるか?」と言う。
「もちろん知ってますよ。予知夢だか催眠状態だかで色々言い当てる人でしょ」
「それ。たぶん、歩くも」

「どういうことですか」
「あいつの寝てるところを見せてやりてえよ。怖いぞ」
どう怖いのか、よくわからなかったがはぐらかされた。
「エドガーケイシーはちょっと専門外だが、やつみたいな後天的ショックじゃなく、歩くはおそらく先天的な体質だ」
「予知夢見るわけですか?」
「よく分らん。起きてるのかどうかも分らん。ただあたりもするし、外れもする。お前が金縛り中にみるっていう擬似体験に近いのかもしれん」
僕は金縛り中に「起きたつもりがまたベットの中」という、わりによく聞く現象にしばしばあっていたのだが、それが時に長時間、ひどい時は丸1日生活したあげく巻き戻るということがあり、自分でも高校時代に金縛りノートを作って研究していた。
師匠がそのノートをやたら気に入り、くれくれうるさいのであげてしまっていた。
今思うと、歩くさんの体質を調べる資料として欲しがったのではないだろうか。

「先輩は歩くさんを一人じめしてるわけですか」
師匠はニヤっと笑って懐からフロッピーを出して振ってみせた。
それはタイミングが良すぎたのでたぶんハッタリだが、師匠がなんらかの形で歩くさんファイルみたいなものを作っていたのは間違いない。
そんなことよりも僕がぞっとしたのは、歩くさんが卒業する時「洪水に気をつけろ」みたいなことを僕に言ったことだ。
そのことをすっかり忘れていたが、僕は就職に失敗して今田舎に帰っているのだが、実家はモロに南海大地震が来たら水没しかねない立地条件にあるのだ。
勘弁してくれ。
マジで怖い。
あと何年で来るんだよー。メソメソ

師匠シリーズ 第11話 壺

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