「ねぇ、トイレ行かない?」
Sさんに誘われた。
2人同時にお店を離れる訳にはいかないくらい、Sさんだってわかるはず。
黙っていると
「いいから、すぐだから一緒に行って!」
と無理やり連れられた。
デパートの紳士服売り場に居る私達は、隣のショップの人に声をかけて場を離れた。
トイレは売り場のすぐ後ろにある。
「何かあったの?」
「いいから、ほら。1番奥のトイレ、話し声聞こえない?」
「…本当だ。2人で入っておサボりかしら。」
「でもあそこ、誰もいないのよ。ノックしてみて。」
ひそひそ小さい声がするけど、鍵はかけられていない。
私は思い切っていきなり開けてみた。サボりなら注意しないと!
Sさんは、私の後ろから覗いている。
誰もいない。
誰もいない空間にぞくっと寒気がした。
「この間はもっと賑やかだったんだよ。最近は下の階に行ってる。火事で亡くなった人かねぇ。あぁ怖い…。」
ここの店員なら知っている。このデパートの4階は曰く付きだ。
試着室のカーテンは開けっぱなしにしているが、気がつくと閉まっていたりする。
小さな出来事を上げればキリがない。
「給湯室のおばちゃんを見たことある?」
話は聞いているけど、とくに給湯室は気味が悪いと感じたことはない。
給湯室のおばちゃんは、カーテンの下からサンダルを履いた足だけが見えるという。
勿論カーテンを開けても誰もいない。
「足だけしか見えないのなら、おばちゃんかどうか分からないんじゃない?」
「分かるでしょ、若い人の足と違うんだから。見分けがつくよ。」
「話には聞いてたけど、はっきり声を聞いたのはこれが初めて。もうトイレは1人じゃ無理かも。」
「行きたくなったら呼んでね。」
若い店員はさっさと辞めてしまうので、店員はおばちゃんばかり。
守衛さんは更にたくさんの事に遭遇するのだとか。
屋上から人が降るというのは地元人には知れ渡っている。
もちろん人影をはっきり見たとしても、飛び降りた人なんていない。
時々、その事を知らない通行人が目撃して騒ぎになる。