あんまり怖くない話だけど作家の故・遠藤周作さんが体験したはなし。
ある日、行きつけのクラブにいつものように1人で飲みに行った。
ママは「今日入った」という新人の女のコを彼につけた。
気さくで器量の良い娘で先生もすっかり彼女が気に入ったそうで大いに楽しい夜だった。
帰る時間になり、呼び出したタクシーに乗り込むと別れ際に彼女も一緒に乗り込み頬にキスをしてきた。
まんざらでもない気分に浸りながらタバコに火を着けようとした時、ライターを足元に落としてしまった。
それを拾うと彼女に別れを告げてタクシーは走り出した。
しばらく走っていると、どうも運転手の様子がおかしいらしい。
バックミラーをチラチラ気にしながら顔は青ざめている。
何があったのか訊いてもどうにもはぐらかすばかり。
酔っていたせいもあり、気になって仕方が無かった彼は半ば強引に運転手の口を割ることに成功した。
「さっき、先生がライターを拾おうと身を屈めた時にあの女、首筋に咬みつこうとしていました」
「ははは、なんだ。そんなのふざけただけだろう」
「いえ、間違いなく『牙』のようなものが見えました」
「・・・・・・・・・・・」
後日、ママに訊くとそのコは次の日から店には来ていないそうだ。