これは、知り合いが体験した話。
彼はかつて漢方薬の買い付けの為、中国の奥地に入り込んでいたことがあるという。
その時に何度か不思議なことを見聞きしたらしい。
「とある山奥の村でですね、一風変わった注意を受けたことがあります。
ここの山奥に分け入るのならば煙草を絶対に持っていけと」
「私が『煙草はやりません』と言ってみても、吸う人も吸わない人も関係ないから常に身に付けておくようにと、そう言われまして」
「日本でも似たようなことを言われたことを思い出しまして、こう聞いたんです。
『蛇除けですか?』って。
やはりそうでした。
お国が違うというのに面白いですねぇ、と思いましたよ」
ここで彼は少し苦笑して、こう続けた。
「しかしこの蛇というのが、日本とえらく違いましてね。
人の顔を持つ大蛇だというのです。
体型はかなりずんぐりむっくりらしく、動きはそんなに速くないらしいのですが」
「驚くことにこの蛇、丸呑みした人間の頭部を自分の頭として複製するのだそうで。
つまりこの蛇の顔は、最後にこいつに呑み込まれた人間の物なのだそうです。
『人面の蛇』だの『顔盗みの蛇』のような呼ばれ方をしていました、はい」
「この蛇は取り込んだ人の知性で物を考えることが出来るようで、常に頭の良い人間を餌食にしようと探しているのだそうで」
「蛇というよりも妖怪ですが、そういう類いにも向上心というか、進化したいとか、上に昇りたいという欲求があるのかもしれませんね。
この話を聞かされて興味深く思いましたですよ」
「こいつは、先に言ったように動きが素早くないものですから、狙った人に近づく為に色々と興味を引くようなことを話し掛けてくるのだそうです」
「お宝の場所を知っているだの、この先で人が倒れているので助けてやってほしいだの、そんなことを話しながら近寄って、いきなりペロリと丸呑みするのだとか」
「え?人間の口でどうやって人一人を呑み込むのかって?さぁそこまではわかりませんねぇ。
聞いておりませんし。
頭を好きな形に変形出来るのですから、こう、ガッと広がるんじゃないですかね」
「厄介なことにこの蛇、食べた人の知識や記憶を自分のものとするらしいのです。
そのせいか、話し掛けてくる内容が実に種類豊富で面白いのだそうですよ。
蛇の中に知識が蓄積されていくんでしょうかね」
「昔話や、過去の歴史を聞きたいが為に、この蛇に会いに来る都の学者のお話があるのだとか。
学者を食べようと話し続ける人面蛇と、必死で逃げながら話を書き留め続ける学者の、恐ろしいけどどこかユーモラスな内容でした、はい」
「ドキドキしながらその山に登ったのですけど、人面蛇とは会えませんでしたね。
まぁ、会えなくて良かったのでしょうけど」
彼はそう言って笑っていた。