そういう土地

そういう土地 俺怖 [洒落怖・怖い話 まとめ]

私の母が幼いころの話だから、もう40年以上昔になる。
そのとき母は、熊本と宮崎県の間にある土地に住んでいた。
周りは山と谷で、どこに行くにも一苦労だった。

小学生になり、活動範囲が広がった母は友人と山の中腹にある神社(名前を失念)に遊びにいくことにした。
そこに行くには何本かの橋を越え、林を抜けていかねばならない。
母は怖いという感覚はなかったが、常に父母(私にとっては祖父祖母)から言われていたことを思い出したという。

「川じゃひょうすぼ※に気をつけろ。山じゃ、天狗に気をつけろ。」(※ひょうすぼ=河童である。)

何故、気を付けねばならないのか?、と母は両親に問うた。
そういった存在を信じていない訳ではない。
しかし、自分には関係ないと心のどこかで思っていたのも真実であった。
しかし、両親は真顔でこう口をそろえて言った。

「ひょうすぼは、足をひっぱり溺れさせる。特に一人で川で泳いでいるような子供を狙うんだ。
去年の○○某の子供が引っ張られた。」

そして、

「天狗は、子供を攫う。△某の娘も、□某の息子も攫われた。」

さらう?天狗というのは、アメリカ兵のようなものなのか?※と母は更に問うた。(※まだ、山村には米兵が日本人を攫うという噂が蔓延していた。)

「違う。天狗は天狗を増やすためだ。やつら(米兵)のような、人攫いとは訳が違う。
帰ることもできずに、次第に天狗になる。
烏天狗になるものもいれば、赤ら顔の大天狗になることも、ある。」

母がぼんやりとそういうことを思い出しながら、林を抜けようと駆けていた。
うしろに友人たちもいる。
たたたたっと自分らの足音が聞こえる。
その時だった。

突然、暗くなった。
日が雲に隠れたのだろう、と母は頭上を見た。
母はわが目を疑った、という。

雲ひとつない空に、大きな人型をしたものが飛んでいくのを、見た。
大きなマントのようなものを広げた、赤ら顔の人間がばばばばば!と風きり音をたてながら、木から木へ飛び移っていくのを、見てしまった。

後ろを見ると、友人たちも立ちすくんでいた。
母だけが見たわけではなかったのだ。恐怖が込み上げて来ると同時に、母は叫んだ。

「攫われっぞー!!(さらわれるぞ)戻らんといかんー!!」

その声で母と友人は来た方向へ全力で逃げた。
林を抜けるまで全速力で駆けた。

林を抜けた。
追いかけてくる様子は、ない。
少し安心して後ろを振り返ってみると、林全体がざわざわと騒がしい。
鳥はせわしなく飛び、木々は風もそんなに無いのにざざーっと揺れている。

また、恐怖が蘇ってきた。
友人たちと後も見らずに家まで逃げ帰った。
道すがら、後ろを振り返ることは出来なかった。

家に帰ると、母は玄関に倒れてしまったという。
両親はただならぬ様子に驚いて、すぐに戸を閉め母を部屋に担ぎ上げた。

そして、落ち着くのを待って母に何があったのか?と問うた。

「天狗が…」

と言いかけると、両親は口を揃えてこういった、という。

「おまえは、○○神社に行く途中の林を通ったろうが?」

うなづく母にこう続けた。

「あそこは、烏天狗と大天狗がおる。烏天狗はわしらでも追い返せる。
でも、大天狗は無理だ。あれは、違う。
お前が見たのは、顔が烏のちびやんぼし※か?」(※やんぼし=山伏の意)

首を振る母に、両親は

「よく、無事じゃったー!」

と更に話を続けた。

「お前が見たのは、赤ら顔のやんぼしでマントを羽織っておったやつじゃろ?
ありゃあ、大天狗じゃー。」

改めて、そこで祖父母と母は無事を喜びあった。

わたしは、母から幼い頃に聞いた話をもう一度聞いてみた。
以下がその他の情報である。

大天狗に目を付けられると神通力で攫われるというのが、土地の人間の間に伝わっていた。
実際、何年かに一人の割合で行方不明の人間が出ていた。
天狗を見たものも少なくなかった。
だが、その多くは烏天狗であり、よく鍬などで撃退したと聞く。
大天狗と呼ばれるモノは人前に姿を現さない、というのも通説であった。
それに、大天狗を見たら殆どが攫われていたせいなのかもしれない。
しかしながら、数少ない生還者の情報では、大天狗は赤ら顔、金色の瞳、恐ろしい顔、高い鼻(長い鼻ではないようだ)山伏スタイル、黒いマントで内張りは赤い。
下駄は履いていない。

そういうと、母はこう締めくくった。

「あそこは、龍、河童、天狗、狐のほかにも幽霊とか当たり前の土地だわ。
神様もいるし、鬼の死体も埋まっている。
信じられない?誰がなんと言おうと、わたしが見たことは本当なのだから。
それにUFOだってよく飛んでいた。そういう土地だから。あそこは。」

…実際、里帰りで墓参りをするときにわたしも色々と不思議な体験をしている。
この現代でもまだまだ、色んなモノがいる土地なのだ、と嬉しく思う。

やはり、あそこはそういう土地なのだ、とわたしも思うのだ。

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