村松さん

村松さん 俺怖 [洒落怖・怖い話 まとめ]

埼玉県入間市の藤井義雄さん(仮名)が不思議な怪異現象に出会ったのは去年の事 
梅雨入り直前の季節で妙に蒸し暑い夜だった。

その日は以前より大親友の村松一夫さん(仮名)と渓流釣りに出掛ける予定だったが 急きょ親戚の葬儀に参列しなければならなくなった藤井さんは今回はあきらめてキャンセルとし村松さんは別の友人と二人で予定どおり釣竿をかついで出掛けて行ったのである。

藤井さんは葬祭場に出向いて忙しく立ち働きせっかく楽しみにしていた釣りには行けず一日中慌ただしく過ごしたのである。

夜 疲れて帰ってきた藤井さんは奥さんと亡くなった親戚の思いで話などかわしながら夕食の箸を進めていた。

「ところで話は変わるけど村松さんたち釣りはどうだっただろう」
「そうだな後で携帯に電話でもしてみるか」

等と言っているうちに玄関のチャイムが鳴った。
藤井さんが玄関を開けるとたった今思い浮かべていた村松さんだ。

「ああどうも。これはどうでした。」

と釣竿を持ち竿先をしならせる素振りを見せて尋ねたが何故か村松さんは楽しそうではない様子で押し黙って立っているのだ。

「それにしても早かったじゃないですか。
ところで夕食は済んだんですか?もしよかったら何も無いですけど一緒にどうですか?」

だが、依然として口を開こうともせず普段と違い別人のように元気がない。

「ああ~ わかった。釣りが全然駄目で早々に引き揚げてきたんでしょう~っ。」

と少しおどけてみせるも相変わらず無反応だ。

「まあ おあがりください」

すすめられると村松さんは入ってきたがいつものように自宅に上がろうとはせず玄関の置いてある椅子に座った。

「どうしちゃったんですからしくないですね。そんな所に掛けなくたってこちらへどうぞ。」

と応接間に誘うと立ち上がったが 相変わらず無言である。

「今女房に冷たい麦茶でももってこさせましょう。それにしても今日は蒸し暑いですね・・・」

と藤井さんはいったん居間に入って食べかけの夕飯に端をつけた。

「それにしても変だな。村松さん。」
「どうなさったの?」
「うん それがちょっと様子がおかしいんだ。ああ今応接間に通してあるから麦茶でも出してくれないか。」
(それにしても一体何なんだ。普段ならあまり遠慮などしないはずなのに・・・あんな村松さん見た事もないなぁ。)

藤井さんは村松さんにどお対応しようものかと色々策を練る事にした。

「あなた、麦茶お出ししますよ。」

食事中の主人に声をかけながら応接室に入っていった。
だが、村松さんはどこへ行ってしまったのだろう。
何処を探しても姿が見当たらない。
麦茶を盆にのせたまま 奥さんはしばしポカンと立っていた。

「まあ、黙って帰るなんて失礼だわ」

玄関のドアを押し開けて辺りを見渡したが、姿はやはりない。
室内に戻り主人に話すと

「チェッ どうかしてるよ。仏頂面して人の家に来てお茶も無視して黙って帰るなんて。
いくら村松さんでも許せないな?」

藤井さんの気持ちももっともである。
勝手な村松さんの行動にいささか不愉快な思いをさせられた藤井さん夫婦はすっかり生ぬるくなった麦茶を飲みながら白け気っていた。

と その時、電話のベルが鳴って奥さんが受話器を取った。

「もしもし ああ村松さんの奥さん・・・えええ? そんな?・・・」

受話器を持ったままの奥さんの体が、がくがくと震えているのがよく解る。

「どうしたんだ? 何かあったのか?」
「村松さんが・・・死んだって・・・川で・・・」
「死んだ???そんな馬鹿な!だってさっきまでここにいたじゃないか?」

奥さんは黙って首を横に振るとやや気を取り直し村松さんの奥さんからの電話で今日の昼過ぎに亡くなったとの事だ。
夫婦は無言で立ち尽くし重苦しい空気に包まれ二人の顔からは血の気が失われていた。
どうやら村松さんは友人と二人で目的地の釣り場に足を運ぶと程よい場所を探しそこを釣り場と決めわくわくしながら支度を開始した。
ところが、昨日までの雨で岩場の底が水嵩のため変化しやすくなっていたのだろうか?
グラリと揺れた瞬間友人が手を差し伸べる暇も無くあっという間に急流の中に吸い込まれてしまったのである。
友人の通報により警察や地元の消防団の捜索の結果約一時間後に村松さんの水死体が発見された。

説明するまでも無く先程現れたのは村松さんの亡霊だったのである。
藤井さんは悩んだ。
(もし自分が一緒に行っていたなら死なずに済んだかもしれない・・・)
(いや やはり村松さんの運命としか言いようがない。)
自分にそう言い聞かせた。

藤井さんは今でも渓流釣りを最高の趣味として休日には多方面に出掛けるが 使用している釣竿は生前の村松さん愛用のものである。
その釣竿を手に川面を見つめていると亡くなったその日わざわざ自分の家を訪ねてくれた村松さんを供養しているようなそんな気持ちになるのだと言う。

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