賃貸マンションに住んでいた頃、お隣りの部屋の4歳くらいの女の子とベランダ越しによくお喋りをしていた。
私がベランダで洗濯物を干したり、草花の手入れをしていると、隣とこちらを区切るパーテーション?の10cmほどの隙間から覗いて声をかけてくるのだ。
しかし、ある時から何故か覗いてはくるものの話しかけてはこなくなり、私が視線に気づいて声をかけても、ただ見ているだけで何も反応してくれなくなった。
何か嫌われるようなことしちゃったかな?と思ったけれど、特に気にすることもなく、見てたいなら見てていいよ~くらいの気持ちで、視線を感じてもそちらを見ないようにしたりしていた。
ある日、プランターの片付けをしている時に、また視線を感じたので、思い切って声をかけてみることにした。
『たまにはお話しよーよ』
と言いかけて、言葉が詰まった。
そこには小さい女の子ではなく、四十年配のボサボサのロングヘアーの女性が、10cmほどの隙間の向こうからしゃがんでこちらを見ていたからだ。
私は『何ですか?』とも『こんにちは』とも言えず、立ち尽くしてしまった。
何故なら、その女性が何ともいえない顔で笑っていて、見てはいけないものを見てしまったような気持ちになったからだ。
彼女は存在を気づかれてからも一言も発することなく、私が軽く会釈して片付けを済ませるまでこちらを見ていた。
一年後に我が家が引っ越しをするまで、ベランダで時々視線を感じたが、そこにいたのが女の子だったのか、あの女性だったのか、確認することは怖くて二度と出来なかった。