昔、人の良い薬売りの男が、山深い村を目指して険しい道を歩いていた。
ふと、傍らを流れる川に目を向けると、川上から古びた長持(ながもち)が流れて来る。
薬売りが川岸に駆け寄ると、長持は彼のすぐ目の前に流れ着いた。
薬売りは長持の中身が気になったが、釘でも打ってあるのか蓋はぴくりとも動かなかった。
長持を手繰り寄せてみると、思いのほか軽い。
この先の村人の持ち物ではなかろうかと思った薬売りは、長持を担いで村へ向かう事にした。
村に着いた薬売りが、野良仕事をしていた若い百姓に長持の事を尋ねると、
「…ああ、そりゃオラんとこのだ」
と、百姓は鍬を放っぽり長持を持って家に帰ってしまった。
早くに持ち主が見つかって良かったと、薬売りは気をよくしつつ、村のあちこちを訪ねて廻った。
しばらくして、薬売りが村から出ようとすると、五ツほどの小さな子供が袖を引く。
「どこの子です?」
と薬売りが問うても、村人たちは一様に知らぬと言う。
子供は「もってけ、もってけ」と薬売りの袖を引いて、村外れの粗末な家に案内した。
子供が導いたのは長持の持ち主であった百姓の家らしく、土間に例の長持が置いてあったが、百姓は留守にしているのか、いくら声をかけても出て来ない。
子供は長持の傍に立ち、「もってけ、もってけ」と薬売りにしきりに言い放つ。
何を持って行けと言うんだと、蓋が開けられた長持の中を覗くと、そこにはカラカラに干からびた人の骸…木乃伊(ミイラ)が静かに横たわっていた。
薬売りは薄気味悪く感じつつも、子供に促されるまま、木乃伊の入った長持を担いで村を出た。
山を下りる頃には、付いて来ていた子供の姿はいつの間にか消えていたという。
当時、木乃伊は薬の材料として珍重されていたので、薬売りはこれを金に替えた。
そして、それを元手に別の商いを始めたところ、店は大いに繁盛し、彼の一族は栄えに栄えた。
しかし孫の代の時に、祖父から聞いた長持の話をうっかり他人に漏らした途端に、跡取息子が神隠しに遭い、蓄えた金もすっかり無くなり、薬売りの家系はぱったりと途絶えてしまった。
長持は幾年もの間、この家の蔵に仕舞ってあったそうだが、家が潰れてからは行方知れずだという。
もしかしたら、またどこかの深山の川で、開ける者を探して流れ続けているのかも知れない。