当時キャバクラのボーイをとある事情で辞めてバーテンダー見習いとして働き出し、1年程たった頃、一人の若い青年がお店にやってきた
「こんばんわ、久しぶりだね」
「え、あー・・いらっしゃいませ」
まずい事になにも覚えちゃいない、彼の名前はおろか、顔すらも覚えていないのだ。
「あぁ、この世界ではまだ知り合ってもいないんだね」
おっとぉ、話しがややこしくなってきたぞ・・・
「申し訳ございません、仰る意味がよく・・・」
「ごめんね、なにか酔える強い酒をお願い」
そう言うと彼はカウンターで向かい越しに座りだす。
なにか喋りたそうに俺の顔を伺いながら尻尾を振るのが見える。
「先ほどの事なんですがどういう意味があったんでしょうか?」
聞いてやるよ、聞いて欲しいんだろw
新手の宗教かそれとも・・
「いえね、僕はこの世界の人間ではないんですよ」
「厳密に言えばこの世界になる可能性があった世界の住人という事です」
つまり・・え・・なに?
どういう事?
「つまりですね、君がサイコロを振って1が出たとする」
「でも私はそこで2を出した。その時点で僕と君は違う地球に住む事になるんだ」
「では、私とお客さんはそちら2の世界で知り合っていた・・と?」
「そゆこと」
自称時空の旅人がチーンと出したばかりのグラスを指で弾く。
なるほどね、早々にお帰り頂く努力をしよう。
お金を持っていればお客様だが俺のキャパシティを破壊されては業務に支障が出るってもんだ。
「お客さんがいた世界では、世界はどのようになっているんですか?」
「それがさぁ、聞いてくれよぉ・・」
なんでも彼のいた世界ではビックリする事に地球はもう無いらしい。
巨大彗星だか隕石だかが地球に近づき、引力に引き寄せられ、本来の軌道から外れ宇宙を旅する生命が存在しない死の惑星になったのだとか・・・
さらに驚く事に宇宙人(兄弟と言ってたが)がその直前に現れ、肉体を捨て、精神をとある器に収める事で色々旅が出来るようになったのだとか・・・
なんのこっちゃw
後半は酔いが回ったのか呂律もうまく回ってない。
「面白いですね、ではお客さんはサイコロの目の1~6の色々な地球を旅して回ってるんですね」
「ご明察!疑いながらも人に合わせるその態度!やはり君はどの世界でも変わらないねぇ」
「他の世界の私はどのような仕事でなにをしているんですか?」
「んー、ほぼ全部死んでるよー」
聞かなきゃよかったw
つか言わなきゃ知りえないのだから嘘でも言うなよ・・
「君はまだ知らないだろうけど、この先金髪の女性と付き合う事になる。
どの世界でもその人と付き合った後すぐ死ぬから付き合わないようにネ」
ついでに死刑宣告ですか。
「でもなぜ私にそんな事を言うんですか?」
「死なれちゃ困るからね。どの世界にも友人がいないなんて寂しいだろう?」
酔いのせいなのか目が逝ってる。
違う世界で俺は本当に彼の友人だったんだろうか・・・
いわれて見れば旧知の仲にも感じる不思議な感覚がある・・ようなないようなw
「ご馳走様、じゃあもう行くわ。この世界は今まで見てきた中で一番酷く醜い世界だった」
そう言うと彼はポケットからジャラジャラッと大量の500円コインを取り出し
「足りるだろ?お釣りはいいよ。」
と言い酔いの隠せない足取りで店を出て行った。
なんだったんだ・・
大量のコインをレジに押し込む。
すると、その中の一つに目が留まった。
元成3年
彼が本物なのか偽者なのかもう判らないが、アレからあの青年は一度も来店されてはいない。
今でもその一枚の500円コインは俺の家で眠っている。