子供の頃、足立区の長屋に一時期住んでたことがあった。
そこに引っ越して間もないある日、姉が遊びから帰るなりおかしなことを言い出した。
「あのね、うちの下に赤ちゃんが埋まってるってマキちゃんに言われたよ」
母はその時、近所の新参者に対する意地悪かなー程度にしか考えなかったらしい。
ところがそれから暫らくした朝、父が目覚めるなり、
「この家の下には死体が埋まってるんじゃないか」
と言い出した。
なんでも、夜中に金縛りにあい、自分が寝ている三畳間の床下から赤ん坊の泣き声が聞こえた、と。
驚いた母が姉の話をすると、建築業を営んでいた父はダイナミックな行動に出た。
何と、大家に無許可で畳を外して床板を剥がして調べやがった。
ドラマならそこで死体が見つかるとこだけど、結果は何も出ず(笑)
ただ、不審に思った母が後で近所に聞いて回ったところによると、私達家族の前は若い身重の女性が暮らしていたそうで、女性はその家で出産したらしい。
暫らくは赤ん坊の泣き声がしてたのにピタリと静かになって、やがて逃げるように引っ越してしまったとの事。
その後も父は、頻繁に「夜中に赤ん坊の声が聞こえた」とぼやいてた。
もっとちゃんと探せば、もしかしたら死体は出てきたのかも知れないと今でも思う。
同じく、長屋にいた頃の話。
長屋のすぐ傍に古いアパートがあって、そこの二階に若い女性が一人暮らしをしていた。
多分三〇代だった記憶がある。
そのお姉さんは近所の主婦とも気軽に立ち話するし、私達子供にも会えば挨拶してくれる気さくな感じの人だった。
お姉さんの部屋にはたまに男が出入りしていて、近所では『ヒモ』だと囁かれてた。
母によれば、お姉さん自身が「彼がお金を無心にくる、生活がきつい」と嘆いていて、それでも好きな男だったらしく、「今日彼が来るの」などと嬉しそうにしてたらしい。
そんなお姉さんが、そのうち近所で姿を見かけなくなり、「どうしたんだろうね」と近所で噂が立ち始めた頃、部屋で死体で発見された。
死因は餓死。
第一発見者は金の無心にやってきた男。
「可哀想に……」と母がうなだれてたのを今も覚えてる。
やがて近所の噂も収まり、お姉さんの部屋にも新しい住人が入るようになった。
でも、皆一ヵ月もしないうちに出ていく。
長く居る人は発狂する。
小学生の男の子が、窓から通行人に向かって鋏を投げて大怪我させたこともあったし、自殺未遂騒ぎもあった。
ちなみに、うちの長屋と同じ大家で、困り果ててたらしい。
最後はお祓いしてた。
近所ではお姉さんの怨念だなんて囁かれてたけど、個人的には怖い云々より、お姉さんのことを思うと心からやりきれなかったです。
関係ないけど、その長屋とアパートの大家の娘さんがすぐ近所で暮らしてたのですが鬱病だったそうで……
自室で寝てた中学生の娘をメッタ刺しで殺害する、という恐ろしい事件が起きました。
あの土地には何か因縁があったのかも……
餓死事件が発生したのは、母の記憶によると平成2年~3年(1990年~1991年)あたりの頃だったようです。
ただ、大家さんがいわゆる地元の有力者だったので、新聞には載らなかったかも。
そのアパートの一階に住んでいた中学教師が失踪する事件があったのですが、その時も載らなかったので。
少なくとも毎日新聞には載りませんでした。
私は子供だったのでもう記憶は薄いのですが、母によると、お姉さんは「痩せ細ってたのに顔だけは綺麗に化粧してた」そうです。
お姉さんに合掌。
あと、「赤ちゃん埋まってる事件」ですが……
母の話では、父と姉だけでなく私も言ってたらしいです。本人記憶なし。
怖い話はまだある。
私達が暮らしてた隣の部屋というのが、頻繁に住人が入れ替わる部屋で、ヤクザみたいなのやら、飼い犬を虐待する夫婦やら、ろくなのがいなかった。
その時は若い男が入居してました。
ある深夜、母と私が起きていると、外から砂利を踏みしめる音が。
私達家族が暮らしたのは道路から一番奥の部屋だったのですが、各家につながる通路には砂利が敷いてあり、住人はその踏む音を聞くことで、どの家に人が来たか分かる感じでした。
その夜の足音はどうやら隣に来たらしく、「あ、人が来たね」「こんな夜中にね」と二人で話してた。
ところがその後、ドアを開ける音も何もしない。
ただ人の気配だけする。
数分後、何をするでもなく足音はまた道路に向かって去っていく。
「何だったんだろうね」と話しながらも、そのまま寝てしまった。
翌朝、外に出た姉と私はすぐ家に逃げ込んだ。
隣の玄関の前には、何と目をくり抜かれて腹を裂かれた白猫の死体が……
個人的には、幽霊云々よりこれが一番怖かった。
母はこれが一番怖かったそうです。
ある夜、砂利を踏む音が我が家の前まで来たと思ったらドアを叩く音が。
母がドアを開けず家の中から応対すると、男の声で一言、
「追われてる、匿ってくれ」
両親は顔を見合わせてたけど、丁重に断りました。
すると足音は我が家の庭を抜け、我が家の横にある裏へ抜ける通路にいったようでした。
翌朝、外に出た母が血相を変えて家に戻り、父を呼んでいる。
全員で外に出て愕然とした。
砂利道に点々と血がついている。
血は庭から裏へ抜ける通路に続いてて、どうやら夜の男はそこに隠れたらしく、通路の土には大量の血が染み込んでいる。
そうして、それを踏み付けるような沢山の足跡……
まさに倒れてたのを、誰かが夜中の間にそっと運び出したような感じ。
警察には通報はしませんでした。
ただ、父が水を撒いて血痕を消し、母が植木用の土を持ってきて上から踏み固めてた。
もし匿ってたらどうなってたんだろう。
怖いというか、すごく後味の悪い話ですいません……
大家さんの家は旧農家で、当時その大きな家の前に畑がありました。
長屋から見ると真横。今でもあるらしい。
大家さんの家と畑の前を細い私道が通ってて、その私道は緩やかにカーブしてたんですが、丁度カーブする辺りに『何もない変な土地』がありました。
四畳半位の大きさで、植木も何もない。中途半端過ぎて遊び場にもならない。
私道自体は子供の遊び場だったけど、なぜかその土地には足を踏み入れた記憶があまりない。
で、その土地のとこに電柱があって、足元に理由は分からないけど*お祓いの棒が刺してあった。
神主さんが手で持ってシャッシャッとやるアレ。
割箸と半紙で作ったアレのミニサイズが、電柱の下にいつも刺さってた。
ある日、皆で遊んでたら、同じ長屋に住むタケちゃんという悪ガキがそれを引っ込抜いて遊び始めた。
「やめなよー呪われるー」
なんてワイワイやってたら、畑仕事をしてた大家のじいちゃんがすっ飛んできて、全員ものすごい勢いで叱られた。
やったのはタケちゃんなのに……
で、近くにあった用水路跡(柵も何もない昔の生活用水路の名残)の傍に遊ぶ場所を変えたのだけど、普通に歩いてたタケちゃんが、いきなり横によろめいたと思ったらその用水路に転落。
浅かったので皆で助け上げたら、ヘドロまみれで半泣きのタケちゃんが、
「今押したの誰だよ!何で押すんだよ!!」
押すってあんた、一人で前歩いてたやんと笑ったのだけど。
じゃあ押したのは誰?って話になる。
今思えばほんのり怖い話。
最後に、後日談。
あの長屋にいた間、実は父がおかしくなって、家族はひどいDVに悩まされていました。
近所で鬼親父とあだ名がつく位。
追い詰められた母もおかしくなり、家族はメチャメチャでした。
あの家に住んでいて良いことは何もなかったと思う。
でも、引っ越してその土地を離れるとともに、あれだけ狂った父が少しずつ穏やかになったんです。
今は当時が嘘みたいに、物腰の柔らかい人になりました。
不思議ですよね……
例のタケちゃんが落ちた生活用水路は江戸時代からあったそうで、後に区の史跡に指定されました。
地域で氏子になってる氷川神社もあったし、大家さん一家専用の墓守寺もあった。
土地の名前には、江戸時代の農村の名残が残ってる。
そういう古い土地だったから、因縁があってもおかしくはないのかも。