あれは三年前で、俺が大学四年生のころ。
結構早く内定が出たから、遊び回ってたんだよね。
彼女とか友達と毎晩遊んでたんだけど、ある時なんだかみんなと予定が合わない日が続いたんだよね。
まあ、暇になったってこと。
ほんで、もうすぐ夏休みだったし、久しぶりに爺ちゃんに会いに行こうと思って、母方の田舎に行ったんだ。
これがすごい山奥なんだよね。
どこかは伏せるけど、とにかく田舎よ。全然、外灯とかも無いわけ。
そこに一人で行ったんだよ。
電車に二時間半くらい乗ってさ。
爺ちゃん家に着いたのは、もう夜だったな。
ほんで、全然話が変わって申し訳ないんだけど、爺ちゃんの家はすごい古くてさ。
なんかよく分からんもんが、沢山あんの。
そん中で特別、頭おかしいやつが、あってさ。
能面みたいなやつなんだよね。すごい古いものらしいんだ。
こいつがオカルトなわけ。
壁にかけて飾ってあるんだけど、そいつが夜になると一人で浮いて、家中を徘徊したりするらしいんだよね。
そんな話をお袋から聞いて育ったから、爺ちゃん家に行くたびに「最近は動いた?」って聞いてるんだ。
この時も爺ちゃん家で夕飯食べながら、聞いたんだよ。
「あのお面まだ動くの?」って。
爺ちゃんはお面のある部屋で寝てないから、分からないって言ってた。
でも、お面の話すると、いつも言われるんだけど、「あの面は家の守り神なんだから、怖がるもんじゃない」って、その時も言ってた。
だけど、俺はなんとなく怖いのと、興味があるので、半分半分くらいだったんだよね。
でも、田舎で暇だし、刺激求めちゃったんだよね……
俺、その晩、お面の部屋で寝ることにしちゃって。
爺ちゃんは笑って、いいよって言ってたし、何も起こんないだろって余裕こいてたよ。
あれが良かったんだか、悪かったんだかは、今でもよく分からんわ。
まあ、とにかく、しばらくは携帯弄ったりしながら、お面を見張ってたわけ。
そしたら夕飯食いすぎたのか、お腹痛くなってきてさ。トイレ行ったんだ。
古い家だけど、トイレは普通に洋式で、普段あんまり怖いって感じじゃないんだけど、お面のこと考えてたし、時間も深夜二時くらいだったから、ちょっとビビってたんだよ。
用が済んで、立とうとしたら、トイレのドアがカタカタ揺れ始めてさ。
そのカタカタが段々大きくなるんだよ。
で、カタカタと共にコツコツとノックみたいな音も混じりだして。
一瞬で分かったよ。「あ、お面が来たんだ」って。
すごい寒気がしだして、怖くて、爺ちゃんを呼ぼうと思ったんだけど、喉がガラガラで何故か声が出ないんだよ。
しかも、変な臭いがし始めて。
なんか草とか土を濃くした臭いみたいの。
草刈り機とかで雑草刈ると変な臭いするじゃん?あれのもっと邪悪な臭い。
とにかくクサイんだよ。
んで、便座に座って、心の中で「ごめんなさい、ごめんなさい」って祈り続けたよ。
何を謝ったんだか分からないけど、とにかく許してもらおうと思って。
で、こんな怖い時に、不思議なんだけど、トイレまだ流せてないのを、思い出してさ。
とりあえず流そうって思って、便座から立って、トイレの方を向いたの。
そしたら、体が固まったよ。
爺ちゃん家のトイレは、トイレのタンク側に小さい小窓があるんだけど。
そこから変な女が上半身出して、トイレに乗り込んで来てるんだもん。
そんな人が通れるほど、大きい小窓じゃないんだ。
あからさまに幽霊だよ。
ショートカットの女で、顔は白いんだけど、笑っても泣いても怒ってもないんだよね。
真顔。そのまま、ちょっとずつ俺の方に寄ってくるの。
トイレのドアは相変わらずカタカタ言ってたけど、そんなんはもう怖くなくなってて。
女の方が怖かったよ。
ナメクジくらいのスピードだけど、近くに寄って来てるんだもん。
んで、トイレのドア開けて、逃げたわけ。
ドア開けたら、やっぱりお面が浮いててさ。
怖かったんだけど、後ろにいる女よりマシだから。
トイレ出て、そっちに向かったわけ。
そしたら、お面も俺の方に動いてきてさ。
しかも、お面はめちゃ速いの。
ヒュンって動いて、俺の顔にお面がくっ付いたんだよ。
ちょうどお面をかぶるみたいに。
急でめちゃビビったよ。
で、そこでついに気絶したんだよね。
気絶する瞬間は今でもよく覚えてる。
顔からお面を外したいって、怖いって思いながら、倒れたよ。
つぎの日、廊下で倒れてる俺を爺ちゃんが発見して。
女とお面のこと話したんだよね。
そしたら、当たり前だけど、爺ちゃんも驚いて。
もちろんすごい心配もしてくれたよ。
お面のことは興味ないみたいで、女の事ばっか聞いてきたな。
「どんな顔だった」とか「何着てた」とか。
正直、そんなのよく覚えてなくて。
でも、「なんか草とか土みたいな臭いがして、たまたま振り返ったら居た」って言ったんだよね。
そしたら、爺ちゃん、なんだか神妙な顔をして、「トイレには行くな。行きたくなったら庭にしろ。これから爺ちゃんはヨネちゃん連れてくっから」って。
ヨネちゃんってのは、近所に住んでる婆さんで、どっかの神社の娘だったらしくて、霊感とかそういう能力があるって言われてる人。
でも、爺ちゃんが家でてったら、俺一人じゃん?そんなん怖いから、俺もついてくって言ったんだ。
そしたら、爺ちゃんが「面(オモテ)さんから離れたらだめだ」って言って、俺は家で留守番することになって。
爺ちゃんが出てって、めっちゃ怖いから、テレビ爆音にして待ってたんだよね。
そしたら、意外とすぐ帰ってきたんだ。
5分くらいかな。ほんとにすぐだった。
ヨネちゃんが「かずちゃん! 大丈夫かー?」って来て。
ヨネちゃんにも、昨日の夜の話を全部したんだ。
ヨネちゃんは「うんうん。怖かったねぇ」って言って。
俺は、は? こいつ真面目に聞いてんのか? こっちはマジで幽霊見てんだよ。
趣味で霊感持て余してんじゃねえんだよ。ふざけんな。って心の中で悪態ついたよ。
ハッキリいって、この時はヨネちゃんのこと、いい人だとは思ったけど、信用してなくってさ、とにかく人と居れればいいやと思って。
でも、爺ちゃんとヨネちゃんはなんだか真面目に話し合ってて。
「面さんがどうにかしてくりゃあいいんだけどなあ」
「もしかすっと、縁結ばなきゃいけないかもしんねえな」
こんな感じだったと思う。
そんな話が終わって、ヨネちゃんが机にお面を立てたんだ。そこらにあるブックスタンドで。
それで「かずちゃんも一緒に面さんに助けてもらえるようお祈りしよう」って言うんだよね。
それで、ヨネちゃんはなんだかゴニョゴニョ呪文を唱え始めたわけ。
俺は呪文は分からないから、とりあえずお面に向かって手を合わせて、心の中で
「助けてください、助けてください」
って祈ってたよ。
十分くらい祈ったかな。お面がカタカタ揺れ始めて。
怖くて、目を閉じられなくなって、お面を凝視してたんだ。
そしたら、あの草みたいな臭いがし始めて。
しかも、昨日よりはるかに強く臭ってさ。
俺、昨日のことが頭の中でフラッシュバックして、その場で吐いちゃったんだよね。
で、何かいる気配がして、部屋の隅見たら、やっぱり居るんだよね。あの女が。
昨日は、上半身しか見えなかったんだけど、今日は全部見えて。
白い和服着てて、手を前にして立ってるんだよ。
そんで、カオナシみたいなポーズで、両手で大事そうに、赤い毛糸みたいの持ってんの。
「うわああああああ!!」って叫んだら、爺ちゃんが「大丈夫だ! 大丈夫だ!」って俺の背中さすってくれてさ。
ついでに戻したもの片付けてくれたんだ。
ヨネちゃんにも爺ちゃんにも、女は見えてるみたいで、ヨネちゃんは呪文の声大きくするし、爺ちゃんは俺と女の間に座って、俺を隠してくれた。
でも、女はその場で立ったまんまなんだよね。
昨日みたいに近寄って来たりしないの。
しばらく怖いけど、我慢して、祈ってたら、今度は畳をペタペタ歩く音が聞こえてさ。
女は立ったままで動いてないから、違うやつなんだよね。
周り見渡したら、なんだか茶色い赤ちゃんみたいのが、ハイハイしてんの。
こいつは段々俺に近づいてくるんだよ。
しかも、どうやらこいつからあの臭いが放たれてるみたいなんだよね。
すごい怖くて、もう気絶したいって思ったよ。
そしたら、ヨネちゃんが爺ちゃんに「こりゃもう縁結ばなきゃ危ないね」って言ってさ。
爺ちゃんは「もう少しなんとかなんないんか?」って言うんだけど、ヨネちゃんが首振って。
爺ちゃんはなんだか悲しそうな顔して、机の上のお面を取って、俺に
「面さんつけろ。守り神なんだからかずを守ってくれるよ」って。
もう何がなんだか分からないから、すぐお面かぶったよ。
茶色の赤ちゃんが俺のほう向かってきてるし。
そしたら、部屋の隅に立ってた女が、周りをキョロキョロしだしんだ。
で、部屋中をウロウロ歩き始めて。
俺を探してるっぽいんだよね。
俺の顔覗き込んだりして、首傾げたりしてた。
で、しばらくして諦めたのか、「キィィィヤアアアア!!」みたいに叫んで、消えたんだ。
気づいたら赤ちゃんも居なくなってた。
結局、そのあと俺は気絶しちゃって、起きたらもう夕方だったんだよね。
ヨネちゃんはもう帰ってた。
爺ちゃんは俺が起きたら、すぐにすき焼きを作ってくれた。
それで、申し訳なさそうに話した。
「かず、今日から爺ちゃんと一緒に住もう」
これ言われた時、あんまりなんで?って思わなかったな。
爺ちゃんは必死に頑張ってくれたの分かったし、それに、朝家から出るなって言われた時になんとなく分かってたんだよね。
「実はな。かずはお鶴さんに憑かれたんだ。ごめんな。爺ちゃんが守ってやれなくて。でも面さんがお前を守ってくれてるから、安心してくれ。それでもな、面さんが守ってくれるのは、この家の者だけなんだ。だからな、お前は今日からここで住まなきゃならん。ごめんな……」
爺ちゃんは泣きながら、俺に頭を下げたよ。
それで、結局、俺はここで住むことにしたんだ。それしかなかったしね。
お面は、この家に属する者なら守ってくれるらしくて、ちょっと外に出たり、外泊しても、大丈夫らしい。てか、大丈夫だった。
そんで、今は爺ちゃんの跡継いで農家やってるよ。
あの女の幽霊に関しては、爺ちゃんによく聞いたよ。
あいつはお鶴さんって言うらしくて、俺の御先祖様が婚約してた女の人らしい。
だけど、何故だか分からないけど、お鶴さんの家が村八分になっちゃったらしいんだよね。婚約した後に。
だから、婚約破棄して、御先祖様は違う人と結婚したらしいんだけど、お鶴さんはやっぱり悲しんでさ。
自殺したらしいのよ。崖から飛び降りて。
何がいけないって、それだけでもいけないのに、お腹に子供居たらしいんだよね。
それで、御先祖様とか周りの村人は哀れに思って、お鶴さんの家を村八分から、解いたらしいんだけど。
それでも、やっぱお鶴さんはすごい恨みがあったみたいで、時おり俺の家系の男子に憑くんだって。
昔はそれで皆死んでたんだけど、なんか旅の僧侶だかなんだかに相談したら、例のお面をくれてさ。
それからはそのお面が家を守ってくれてるんだと。
詳しいことは爺ちゃんも分からないみたいだったな。
で、ヨネちゃんがやってたのは、お面に頼んで、お鶴さんを慰めてもらおうとしてたんだって。
これが上手くいく奴と、いかない奴が居て、上手く行けば、ここの土地に拘束されず、お鶴さんの恐怖からも解放されるわけ。
上手くいかないと、この家でお面に常に守ってもらいながら、暮らすらしい。
俺はこのパターン。
ここで暮らすの、最初は嫌だったけど、今はなかなか楽しいよ。
回線遅いけど、ネットもあるしね(笑)
ほんで、あれからお鶴さんも見てないしね。
多分、どっかに居るんだろうけど、俺もあっちもお互いに認識できてないんだと思う。