これは私が、OL時代に体験した実話です。
当時の私は新米社会人として、慣れない仕事に必死で取り組む毎日を送っていました。
配属された部署は総務。
分かりやすく言うと社内の何でも屋という感じの仕事内容です。
比較的大きな上場企業で全国に支社や営業所があったので、私も月1回くらいは出張に行っていました。
とある夏の、お盆が間近に迫っていた頃だったでしょうか。
上司から
「S県の営業所に出張に行くのだが、泊まりになりそうだ。同伴でも大丈夫?」
と聞かれました。
私が女性なので宿泊の心配をしてくれたのだと思うのですが、そんな気遣いが出来て尊敬出来る上司ですし、仕事ですから断る理由はありません。
「うちの直営の保養所だが、案外良い所だぞ。」
そこで働く方々も会社の従業員という形で運営されているそうで、何となくホッとしました。
当日は仕事が一段落してから保養所に着き、上司と仕事の話をしながら食事をしました。
保養所の方が作ってくれたお料理は美味しくて満足度が高く、少しお酒も頂いて疲れも吹き飛びます。
すぐ近くには有名な湖があり、家族連れが水遊びをしたり、マリンスポーツを楽しんだり…。
(仕事じゃなかったら、私も水着を持ってきて遊んだのにな。)
仕事の出張ですから、良い所なのに思いっきり羽伸ばしが出来ないでもどかしさを感じます。
食事が終わり、上司は仕事の整理をしたいらしく部屋へ戻りました。
私は特にすることがないので、食堂で1人テレビでも見ることに。
保養所は私たち以外に宿泊している方も少なく、まぁ平日なので当たり前ですが、食堂は私だけがポツンと残りました。
従業員の方も夜になると自宅に帰ってしまうそうで、お酒やジュースが飲みたい時は冷蔵庫から勝手に出していいとのこと。
調子に乗ってビールを1瓶開けてしまいました。
ボーっとテレビを見ていると、突然異変を感じました。
湖に面する大きな窓に、人の気配を感じたのです。
まるで誰かがこちらを覗いているような…。
こんなに気配を強烈に感じた事が無かった私は驚き、恐る恐る窓の側まで行き、外を見てみますが…誰もいません。
一体何だったのだろうとテレビの前の椅子に戻るのですが、また人の気配を感じます。
しかし人がいる様子はありません。
気味が悪くなった私は、自分の部屋へ戻ることにしました。
私の部屋は、上司の部屋のちょうど真上にありました。
その保養所には1階2階それぞれで10部屋、1階に食堂や厨房、お風呂があります。
お風呂に入って時間はまだ22時頃でしたが、部屋の電気を消して布団に入ると一瞬で眠ってしまいました。
真夜中、私は何故か目が覚めたのです。
寝起き直後だというのに五感が鋭く働き、部屋は当然真っ暗ですが、湖から微かに波の音が聞こえます。
すると、部屋の襖がスーっと開きました。
えっ?と思う間に、大きな黒い塊が部屋に入ってきました。
うねうねと気味の悪い動きをし、天井ぐらいまでの高さがあります。
私は叫び声を上げようとしましたが出ず、体も動きません。
その塊はゆっくりですが確実に私の方へ向かってきます。
私は心の中で
「どこかに行ってくれ!」
と叫び、必死にうろ覚えのお経を唱えました。
一瞬だったような、数分くらい経ったような曖昧な時間感覚でしたが、祈りが通じたのか黒い塊は部屋の外へ出て行ってくれました。
翌朝、開口一番で上司にそのことを話すと
「やっぱり見たか。」
と返答がありました。
毎年この時期は湖で亡くなった方の魂が陸に上がってくる、という噂があるそうで、この保養所でも目撃談が多いのだそうです。
どうやら黒い塊は幽霊で、私は今の所人生で1度きりですが、見てしまったという事でした。
上司も何回か黒い塊を見たことがあるそうで、淡々と話していたのが印象的でした。
とても怖い体験でしたが、水難事故で亡くなった方の魂だと聞くと、何か伝えたい事があったのかな…と複雑な気持ちになります。
余談ですが、その保養所に泊まった同期も同じような体験をした人がいました…。