呪いの悪夢

呪いの悪夢 俺怖 [洒落怖・怖い話 まとめ]

今、怖い夢を見て、目が覚めてしまいました。
ほとんど真っ暗な広い場所で、ベッドに横たわって金縛りみたいに動けませんでした。
周りを見渡す事も出来ずにいたのですが、微かに体の下の方から水が波打つような音が聞こえていて、遠くから水を踏むような足音が近づいて来ました。
ずいぶん遠くなのですが少しずつ近づいてきて、物凄く怖くなって目を閉じたところで目が覚めたのです。

ですが・・・、この夢に関して思うところがあるのです。
この話はSさんという人が体験した話で、私はSさんと付き合っていたN先輩から又聞きしたものなので、あやふやな部分や、うろ覚えの部分もあるのですが、N先輩の日記の文章から、なるべくまとめてみました。

事の始まりはSさんが小5の時に、一家で引っ越してからの事。
Sさんの家族構成は、両親と弟とSの4人。
兵庫県の4人で住むには少し狭いアパートに越してきたそうです。
狭さの他には何の変哲もないアパートだったのですが、どうにも水まわりの調子が悪かったらしく、水を流すとゴボボボボッと詰まったような音がして、そうでない時でもグチャグチャと、肉みたいなものが詰まり合うような音がしていたそうです。

それでも1週間ほどは何も起こらずに、排水溝も業者に点検を依頼していたのですが、ある夜、洗面所で歯磨きをしていた弟が、急に悲鳴を上げて家族の居る部屋へ逃げて来たそうです。
泣きじゃくる弟をなだめて何があったのかを家族が聞くと、洗面台の鏡に、ずぶ濡れの髪の長い女が映っていたとの事。

「そんな馬鹿な事があるわけない」

と家族全員で洗面所に行くと、そんな女は何処にも居なかったが・・・
洗面台の下には長い髪が数本、散らばっていたそうです。
落ちていた髪は以前の住人がしっかり掃除しておらず、子供の事だからタオルか何かを人だと見間違えたんだろうと、誰も気にしていなかったのですが、その日を境におかしな出来事が頻発するようになったそうです。
水を張っていないはずの浴槽から排水する音が聞こえたり、例のグチャグチャという音がいつまでも聞こえてきたり。

やがてはSさんや両親も、鏡に映る女の姿を見る事になり、大家さんにも「何かおかしい」と相談をしたものの、「そんな曰くは無い」と言う事で、奇怪な音に怯えて不安定な生活を送る毎日だったそうです。

そんな生活が続いたある日。
アパートに居られなくなるような決定的な事が起こりました。
いつも通り、母親が風呂場の掃除をしていた時のこと。
どうしてもグチャグチャという音が気になり排水溝を覗き込んだところ、その奥には大量のナメクジが蠢いていたそうです。
悲鳴を押し殺し、なおもその奥を覗き込んだ時、なんと、奥の奥から覗き返す目が見えて、母親は大声を上げながら、半ば錯乱状態で父親の職場へ電話をし、すぐに帰って来るように言ったそうです。
そのあまりの脅え様に、これはおかしいと、父親も急遽、家に向かい、その間30分ほど、弟とSさんと母親は身を寄り添うようにして、ベランダ側の窓の前で、父親の帰りを待っていたそうです。

やがてゴボゴボという音の後に、水を吸った『何か』が床に落ちるようなドチャッという音がして、足音のようなそれが近づいて来た頃、玄関のドアが勢いよく開かれました。
息を切らして家に着いた父親は、3人の姿を見ると、何が起こったのかを確かめるように、母親の抑止も聞かずに風呂場へ直行しました。
そしてすぐに小さな悲鳴が起こり、「何だこれは・・・」と父親が呟いたそうです。
3人は怖がって見ようとしませんでしたが、後から聞いたところによると、浴槽には溢れんばかりに水が張られ、その表面をおびただしい量の髪の毛が、黒く埋め尽くしていたそうです。
あまりに恐ろしくなった両親は、その日は荷物もまとめずに、少し離れた場所に別のアパートを借りるまでの数日間、近くの親戚宅に居候することにしました。

荷物の回収や配送は業者に全て頼み込んで、やっと安心出来るかと思いきや、それだけでは終わりませんでした。
その恐怖から開放されて、数ヶ月後の事。
夏の暑い日に海へ遊びに行った弟が、波にさらわれ溺れてしまい、亡くなったそうです。
そして、その後を追うかのように、両親もまた数日後、海岸線を車で走っている時に事故か自殺か、ガードレールを突き破り、海に転落して亡くなり、Sさんはたった一人になってしまいました。

それからのSさんの住むところについて、親族会議のような形で話し合った結果、親戚宅に居候していては気を遣ってしまうし、家族の事を思い出して辛いだろうということで、母方の実家に祖母と同居する事になったそうです。
同居し始めた頃は塞ぎ込みがちだったSさんも、優しい祖母と暮らしていくうちに少しずつ元気を取り戻し、N先輩と付き合い始めたことで、より一層明るくなりました。

しかし、人並みの中学生活を送れるようになった、中3の秋。
またしてもSさんに絶望が襲ったのです。
心のよりどころとなっていた祖母が、自宅の風呂場で溺れて亡くなったのです。
高齢者が風呂場で亡くなる事自体は珍しくないとはいえ、両親も弟も水の事故で亡くしているSさんにとっては、耐え難い衝撃だったでしょう。

その頃からSさんは自宅に引きこもるようになり、高校への進学もせずに、祖母の遺産で暮らすようになりました。
外へはあまり出ずに、N先輩と会うのもいつも自宅で、そのうちにN先輩は自分の両親に事情を話し、泊まり込みの許可をもらったことで、食料を買い込むのもN先輩がするようになっていったそうです。

そんな生活がSさんに追い討ちをかけたのか、やがてSさんは毎晩のように悪夢を見るようになりました。
その悪夢が、冒頭に話した悪夢と酷似するものでした。
Sさんの場合は、それが毎晩進行していって、足音がどんどん近づいて来ていたそうです。
心配するN先輩にも、「あの足音が側に来た時に、自分は死ぬ」と話していたそうです。

そんな生活がしばらく続いた、ある日の夜。
お風呂に入っていたSさんが大きな悲鳴をあげ、何かに脅えるようにして風呂場の戸を力いっぱい叩いたそうです。
何事かと慌てたN先輩が風呂場に向かうと、既に悲鳴も戸を叩く音も途切れていたので、とっさに戸を開こうとすると、指先で幾つもの『何か』が潰れました。
驚いて取っ手の部分を確認してみると、びっしりと埋め尽くすほどのナメクジが這っていたそうです。
その感触に嫌悪しながらも、N先輩は取っ手に手を掛け、勢いよく戸を開けると、そこには体操座りのような格好で、頭まで湯の中に沈んだSさんがいたそうです。
無我夢中でSさんを引き上げて救急車を呼びましたが、その甲斐も無く、Sさんもまた家族と同じように水の中で亡くなったそうです。

その後、N先輩はショックから立ち直れずに精神科へ入院する事になり、私がこの話を聞いたのも、その頃のことでした。
今ではそんなN先輩も悪夢を見てしまうそうで、誰とも口を聞けず、面会もさせてもらえなくなりましたが、N先輩の両親だけがこっそりと、知人の中でも一番仲の良かった私にだけ、日記帳を見せてもらえました。

そこに書かれた悪夢の話、Sさんの話。
そして、「呪われた」とか、「伝染るかもしれない」という文字が、何度も書かれていました。
もし私が見た悪夢が、この二人の悪夢と同じものだとすれば、私もN先輩も、Sさんの一家のように伝染するもので同じ運命を辿るのでしょうか・・・
そして、ナメクジと髪の長い女は一体何なのでしょうか・・・
今はとても怖いです。

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