自分の避難した体育館では、避難していた医師の指示で一部を区切って怪我人を寝かせてありました。
怪我人をステージの向かって右手。
風邪などの感染症は向かって左手に。
自分は介護士でしたから、怪我人の世話をしていました。
余震で建物がきしむと、あちこちから悲鳴が上がり、夜に怪我人がうなされると、「うるさい、黙らせろ」とヒステリックに叫びだす男性や、子供に風邪がうつるのを恐れて、病人を追い出せと文句を言いにくる親達もいて、エゴむき出しの地獄でした。
そんな中で経験した事です。
地震で倒れた家具の下敷きになった息子と妻は怪我をしていました。
妻は肋骨を折っただけでしたが、息子は全身を強打しており、意識不明で熱が下がりません。
1日目の夜、妻と自分は同じ夢を見ました。
息子が目の前に立ち、微笑みながら、はらはらと穏やかに泣いていました。
「どうした、痛いのか?」
と聞くと、首を横に振り、
「もう痛くないけど、行かなあかん。父さん母さん、ごめんな。ありがとな」
そう言って消えました。
私達が聞いた、1歳の息子の初めてで最後の声でした。
いつでも怪我人の世話が出来るように、自分は患者さんのスペースで寝ていました。
夜中に気が付くと、灰色の影が患者さん達の間を歩いていました。
自分の傍にもその影がやってきて、目が合うと優しく悲しく微笑みました。
見ていると、彼は重症患者の枕元に歩み寄り、話しかけては移動して行きます。
その姿は、まるで熟練した看護婦の様でした。
重症患者の中には、彼に誘われるまま立ち上がり、その後を付いて歩く人々もいました。
その夜は6人が立ち上がり、彼の指示に従って手を繋いで輪になって、次の瞬間、彼と患者さん達は煙のように消えてゆきました。
その晩から朝に掛けて、6人の患者さんが亡くなりました。
その後、彼は昼間にも現れて、患者さんを連れて行きました。
自分の避難して居た時期、体育館では11名の怪我人が亡くなりました。
一人の坊主がいました。
その坊主は坊主の癖に、
「これは終末だ。世界は滅びる。悪魔が攻めてきた」
「悪魔に殺されると、穢されて極楽浄土に行けないから、自決しよう」
などと説教しだして、避難民数人が坊主に引き寄せられる様に付いて行こうとしたので、 居合わせた自警団の人達が坊主を捕まえて、縛って転がしておきました。
それでもトンデモ説法を止めようとしない坊主に、
「『悪魔』はキリスト教系、『穢れ』神道系、『極楽浄土』仏教系、あんたは一体何者なの?」
とからかわれると、口に泡を貯めながら
「私は間違っていない。ハルマゲドンだっ!」
などと叫びだし、あまりに鬱陶しいので、猿轡して、ビニールロープで厳重拘束し直してから、警察を呼んでくるまで、遺体の収容されている体育倉庫に放り込まれていました。
2人の警官がやってきて、猿轡のはずされた坊主は、
「暴力を振るわれ遺体と一緒に監禁された」
と喚き出す始末。
自警団の人々がその坊主を静かになるまで『ボカッボカッ』と優しく拳で説得し、目の前の警官に引き渡すと、その警官たちは真面目な顔で「ご協力に、感謝します」と言って、坊主を連れて行きました。
坊主よりも、自警団よりも、目の前の暴力行為を暖かい目で見守っていた警官が一番怖かった。