京都祇園の神隠し

京都祇園の神隠し 俺怖 [洒落怖・怖い話 まとめ]

もう10年以上前、京都祇園での神隠しの話。

関東から京都に修学旅行に来た中学生が班行動中に行方不明になった。
男2人、女3人の班で、いなくなったのはそのうち1人の女生徒だった。
班ごとに一つずつ持たせていた携帯電話から担任に連絡が入り午前11時ごろ、清水寺から祇園に向かっている途中ではぐれたという。

教員と警察は一帯を手分けして捜して回ったがなかなか見つからない。
これは迷子ではなく誘拐ではないか、全ての班を宿に戻らせようか、ならば京都にいる修学旅行生全員を、しかしそんな一大事は容易には……
と騒ぎがいよいよ大きくなってきた午後2時前。
渡月橋を一人で歩いている所を巡回中の警察官に発見、保護された。

女生徒は怪我もなく、学校と氏名をすらすらと述べたが放心してその外は聞くに答えず、病院に運びこまれた。
翌日、女生徒の語った所によると経緯は次のとおりであった。

建長寺(建仁寺の誤りと思われる)の山門を横に見て歩いていくとほどなく古い建物の並ぶ通り(花見小路と思われる)に出た。
しばらく歩いていくと脇でガラガラと戸を開ける音がした。
何気なく目をやると戸を開けた先に信楽焼の狸が立っていた。
「見て、タヌキ」と向き直って他の生徒に声をかけると「本当だ」「家にもあるぞ」と数秒足を止めて眺めていた。

しかし狸で盛りあがるのも数秒のうち、すぐ飽きてまた歩こうとすると班のメンバーは黙ったまま、じっと狸を見て動かない。
おや、と思って再び狸のほうを見るが先ほどと何ら変わりない。
「どうしたの?」と問うも、皆は黙ったままタヌキの方へ歩き出した。

不審に思い「ねえどうしたの、どうしたの」としきりに問いかけるが答えは来ず、班員はとうとう玄関先に至って狸を撫で始めた。
そのとき妙に冷静になるというか、状況が理解できた気分になって。
「みんな狸が好きなんだ」と今思えば訳の分からない納得をしていた。

しかし自分も一緒になって狸を撫でようという気はおこらずむしろ遠巻きに眺めるにつれてタヌキが憎たらしく思えてきた。
別に友人が狸に夢中になっていることが悔しいというわけではなく何かを思い出したかのように狸への嫌悪感が沸きあがってきた。

ドドンという太鼓の音で気がつくと、自分は心の中で「狸は憎い、狸を殺そう」と延々と呟いていた。
どれだけそうしていたかも分からなかったがその太鼓の音で我に返ると、友人たちは両手を狸につけたまま顔だけこちらに向けて無言で彼女を見つめていた。

「それ狸だよ?なんで騙されるの?」と叫ぶとむわっと生暖かい風が吹き、狸の家の引き戸がピシャっと閉められた。
急いで駆け寄るが足元の地面がぐにゃりと伸びていってランニングマシーンのようにいくら走っても進めない。
生ぬるい風が運んできたコロッケを揚げたような匂いが充満してきた。
左右を見渡すと人影もなく、怖くなって通りを走って逃げた。

自分はまっすぐ走っていても、周りの景色や地面がグニャグニャと曲がり意思とは関係なく脇道を何度も曲がりながら走っていった。
何度か立ち止まったが、周りの景色はグニャグニャで恐ろしくドドンという太鼓の音が聞こえるとまた走らずにはいられなくなった。

しばらくそれを繰り返すとグニャグニャだった景色が整いだして落ち着くと田んぼの中のあぜ道を歩いていた。
地元でも見たことのないくらい大きなトンボが沢山飛び回っていた。
手にはすりこぎのような棒と金属製の円盤を持っていて円盤は装飾が為されたうえに紐がついていた。
これは銅鑼に違いない思い、それを叩きながら歩いていった。
とにかく人に見つけて欲しいし、万一熊が出るのも怖かった。
銅鑼は一斗缶を叩いたときのようにガララン、ビシャーンと鳴った。

そうして1時間ほど歩いただろうかという頃ついに田んぼの脇の山から天狗の格好をした人が現れた。
さすが京都、本物の山伏がいるのだと思い、助けを求めたところ天狗は身振り手振りで言葉を話せないことを伝えてきたので残念に思いつつも、無言の行という修行があると以前マンガか何かで見たことがあったので、それだと思って納得した。

天狗に従って小川の土手に進むと握り飯を差し出してきたので食べた。
食べ終わると今まで携えてきた銅鑼がなくなっているのに気づいたが無言の行の最中であるのを思い出したので何も問わなかった。
それまでの疲れがどっと出て、満腹感も相俟って眠くなってくると天狗が自分を背負ってくれたので、そのまま寝入ってしまった。

目が覚めると天狗の姿はなく、公園のベンチに座っていた。
近くに橋が見え、人が多く歩いているのを見て安心したが自分がいま迷子なのを思い出し、場所を尋ねると渡月橋という。
渡月橋は午後のスケジュールに入っていたのを覚えておりこのあたりにいれば誰かが見つけてくれるだろうか、あるいは交番を探すか電話を借りようかなどと思案しているとちょうど警官が歩いてきたのが見えたので助けを求めた。
それから後のことはよく覚えていないという。

同じ班の生徒によれば、女生徒は急にいなくなったのであり狸やコロッケの匂いなどに心当たりはないという。
近くを歩いていた別の班の生徒や他の通行人も同様であった。
警察の捜索でも怪しい山伏や銅鑼は発見されなかった。

山伏の中にはこの話を聞いて、何々様の祟りだとか臨死体験により彼岸を見てきたのだとか言う者もいたが医師によれば、女生徒の語った内容は誘拐のショックでだいぶ歪められているとのことで、それが尤もなことであろう。
だが本当にこれは誘拐事件だったのだろうか。
話を聞かせてくれた関係者はこれを神隠しといって憚らなかった。

この未成年者略取の一件は既に時効が成立した。
女生徒は現在20代で、地元の菓子メーカーに勤めている。

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