怪我が良くなるというおまじない

怪我が良くなるというおまじない 俺怖 [洒落怖・怖い話 まとめ]

発端は四十年近く前になります。

私は幼い頃、離婚した母に連れられて、そこそこの地方都市から母の故郷である山間部の集落に転居しました。
住んでる人も少なくみんな顔見知り、スーパーなんか無くて個人商店が一軒ようやくあるような、山あいのちいさな所でした。

そこには同じ年くらいの男の子二人と女の子一人がいて、私はすぐに女の子の「きーちゃん」と仲良くなりました。
男の子二人はいじめっ子で苦手で避けてましたが、きーちゃんとはよく一緒に小川や畑のまわりで遊んでいました。

ある日、きーちゃんが山に野いちごを食べに行こうと言いだしました。
私は猪や熊や蛇の怖さや、もし沢や滝に落ちたらどうなるかとか、天狗や妖怪にまつわる話を祖父母から夜な夜な寝物語として聞いていて怖かったので渋りました。
でもきーちゃんはここで生まれ育ったためかそんな話は慣れっこで、すぐ帰れば大丈夫だよとゆずらず、結局山に行くことになりました。
私も嫌々だったのは最初だけで、山の入口付近で人とすれ違ったのや、何よりも道すがらきーちゃんが教えてくれる木やキノコの種類や山菜や沢蟹がとれるポイントなどの話が楽しくて、すぐに山のぼりに夢中になりました。

途中、大きな大きな石の脇に小さな祠みたいなものもあり、きーちゃんがその前を通る時に手を合わせたので私も真似したりして、ちょっとした非日常の連続にドキドキしたのを覚えています。
野いちごがある所にはわりとすぐに着いたと思います。
きーちゃんの話が楽しかったからそう感じたのかもしれません。
とにかく私達は大喜びで野いちごをほおばりました。
赤くてつやつやの実が宝石のように見えました。

山の斜面のすこし上にある野いちごをとって降りようとした時、きーちゃんがすべって膝と腕にちょっとケガをしてしまいました。
その時私は同行者の血(すり傷でしたが)と、祖父母との約束を破って山に入った後ろめたさに急に怖くなり、きーちゃんにもう帰ろうと言いました。
きーちゃんは、こんなの平気だしもう少し奥にもっととれる所があるから行こうと言いましたが、私が泣きだしたので観念したのか、一緒に山を降りてくれました。

家に帰り祖母とお風呂に入ってた時、私はいつもの癖でつい、山で遊んだことを話してしまいました
(その日の出来事を祖母に詳しく話すのが日課でした)。
怒られると思ったけど、意外にも祖母はうんうんと最後まで聞いてくれてました。
そしてちょっと考えたあと、怪我が良くなるというおまじないを教えてくれました。

それは聞いたこともないようなふしぎなニュアンスで、

「悪いことはなくなれ、元の場所に飛んでいけ」

という意味だ、おへその下に力を入れて心の底から唱えないと効かない、ただしとっておきだからめったに使っちゃいけないと、祖母は言いました。

私も何度も復唱してやっと覚え、そのあと動作も習いました。
同時に、もう山に入ってはいけない、何かあったらみんなが悲しむよと釘もさされました。

次の日、私はさっそくきーちゃんにそのおまじないをしてあげました。
きーちゃんの昨日怪我したあたりに手をかざしてグルグルさせ、きーちゃんの顔を視界に入れつつ見てないような感じで(首元あたりを見るといいと習いました)おまじないをとなえました。
ケガをしたきーちゃんのために一生懸命、心を込めて唱えたので軽く汗ばみました。
終わったあときーちゃんを見たら私につられたのかしかめっ面でしてたが、すぐに笑ってありがとうと言ってくれて、私の額の汗を見てまた笑ってました。

その後も何度かまた山に行こうよと誘われましたが、私がその誘いに乗ることはありませんでした。
離婚時の母の荒んだ様子を知ってたので、なにかあって母がまたあんなふうになるのはいやだなと思っていたからでした。
その集落にはしばらくいましたが、私はまた母と引っ越すことになりました。
きーちゃんはすごく残念がってたし、私も別れがつらくて大泣きしました。
また遊びにくるからね、また野いちごとりに行こうねと約束しました。

集落を離れる最後の日、車の中から山際にいるきーちゃんが見えました。
きーちゃんにむかって大きく手を振りましたが、きーちゃんには見えなかったようでした。
私はまたすぐきーちゃんに会えると思ってたけど、引っ越し後、母の再婚、祖父の急な入院とそのためこちらに祖母と越して来たこと、母の妊娠、そして祖父の死、母の出産、祖母の病気と死、再び引っ越しなど…
いろんなことが重なり、あの集落に一度も戻ることなく私は大学生になって一人暮らしをしていました。
大学の民俗学でふと祖母に習ったおまじないを思い出したので教授に話したところ、教授は興味津々でおまじないと動作をメモし、調べてみると言ってくれました。

「おばあちゃんのとっておき」

が教授の興味をそそれたのがなんとなく嬉しかったです。

数週間後、教授に呼ばれました。
教授はおまじないについて調べたことを教えてくれました。

・おまじないの言葉は、
○○地方の方言と集落地域の方言(どちらも方言がかなり強い地域)が混ざった上に古い言い回しのもののよう。

・内容は
「お前の正体は知っている、私に近付くな、私に取り入ろうとするな、あるべき所に帰れ、近寄るなら類縁の命をかけてお前を呪う(消す?)」
みたいなこと。

・怪我が治るおまじないってきいたの?本当に?
かなり強い言い方だし、本格的な呪いの言葉も使っているけど…
怪我用?本当に??

とのことでした。

混乱しましたが、私はたしかに祖母からそう聞いてて、

「痛いの痛いのとんでいけ~」の上位というか…
ちょっと大げさなだけの単なるおまじないだと思ってたから、いろんな人に(きーちゃんだけじゃなく引っ越した先の新しい友達や幼い弟が怪我した時に)使っていました。

民間信仰のおまじないじゃないんですか?呪いなんですか?
とたずねました。

教授は、呪いなんてそう簡単にできることじゃない、
これは言葉が難しいから他の人が一度で正しく覚えるなんて無理だし、たとえ覚えたとしても本気ではやらないだろうから心配いらないよ
と言ってくれましたが、私は安心できませんでした。

なぜ祖母は私に友達に向けてそんなまじないを言わせたのか気になったのから始まり、祖父母が早くに亡くなり弟が生まれた頃から母が体をこわし気味になったことや、まだ(当時)幼い弟がおまじないを覚えてしまってることなどがなんとなく気がかりだったので、その日の夜、母に電話して色々聞いてみました。

母は、

・おまじないのことは知らない
(私がたまに弟に手をかざしてむにゃむにゃ言ってるのはアニメかなんかの影響だろうと思っていた)。

・祖母はあの集落の出身だけど、祖母の祖母?が○○の方出身だと聞いたような気がする…らしい。

・母はきーちゃんを知らないし、あそこに女の子はいなかったと主張。

弟にも電話を替わってもらい、あのおまじないはもう絶対使っちゃだめだよと言い聞かせましたが、弟は幼さゆえかあまり真剣には聞いてませんでした。

母と話しても全然スッキリしないどころか、きーちゃんなんていなかったと言われるし、肝心の祖父母はもう鬼籍だしでどうしようもありません。

今はもう繋がりのない昔の友達があのおまじないを使ってないよう祈りながらベッドに入りましたがなかなか寝付けず、集落のことや祖母から聞いた話を思い出していました。

元は人間だったのに山で死んで妖怪(悪いもの、と祖母は言ってました)になり、寂しさからか集落の子どもをさらうようになった化け物がいて退治されたお話や、大昔、山つなみが起きてタツオとキヨという兄妹が犠牲になり、私が山でみた小さな祠はそのふたりのために建てられたという話、

野いちごとりの山の入口ですれ違った知らないお兄さんに、子供だけで山に入っちゃいけないよと注意されたことなんかが、疲れた頭の中でごちゃまぜになりました。

きーちゃんはキヨちゃんだったのかなぁとか、きーちゃんのおうちがどこにあるのか最後まで知らないままだったなとか、山の入口の知らないお兄さん(今思えば中学生くらい?)も、あの小さな集落で知らない人ってどういうこと、あれは誰?とか悶々としてしまい、眠れないまま朝をむかえたのでした。

私の体験話はここまでです、
オチが無くてすみません。

少しだけ後日談のようなものもありますが、関係あるのかわからないのでまた機会があったらにします。

祖母は何か思う所があって、私におまじないを教えてくれたんだと思います。
きーちゃんと遊ぶなって言うこともできただろうけど、両親の離婚や引っ越しによる急な環境の変化からか、恥ずかしいことにおねしょや夜泣きをしてた私に、祖母はきついことは言えなかったんじゃないかなと…
かわりにおまじない(呪い?)を教えて、命がけで私を守ろうとしてくれたのかもしれません。
畑仕事をしながら私を見ていてくれたし、ご飯を作ってくれてお風呂も寝るときだって一緒、夜泣きする私の背中をずーっとさすってくれてた祖母には今でも感謝しかありません。

なので、バカげた話かもしれませんが、もしかしたらあのおまじないを使う代償として祖父母が早くに亡くなったのかもしれないと思うとやるせないです。

寿命だった、ただの偶然だと言われたらそうなのかもしれませんが、病で入院した祖父の痛みが消えるようあのおまじないをしようとしたら、隣にいた祖母に手をやんわり握られ止められたのが、いまだに心に引っかかっているのです。

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