1~2年ほど前の話。
僕の家は母子家庭で、母が仕事から帰って来るのはいつも深夜だった。
それまでの間、僕は受験勉強をしたりして過ごす。
0時頃になると母は仕事が終わり、僕の携帯に電話をしてくる。
「今から帰る。何かコンビニで買ってくる?」
そんな内容。
その日は「別に無いよ」と電話を切る。
しかし数分後、生活用品が切れていたのを思い出し、着信履歴からかけ直した。
数コールしても出ず。
『運転中か?しょうがないな・・・』
そう思って諦めようとしたその時、通話モードになった。
僕「あ、もしもし。お母さん?」
母「スゥー。スゥー。(鼻息の音)」
僕「おーい。聞こえてる?」
母「スゥー。スゥー」
車の走行音や運転をしているような環境音は一切しない。
鼻息の音だけが、話器の向こうから聞こえてくる。
特には恐ろしく感じなかったが、何か不可思議な現象に困惑し、僕は電話を切った。
『間違ってかけてしまったか?』
いや、履歴から電話したし、発信履歴も母になっている。
じゃあ、母が何かの拍子で通話ボタンを押したのか?
鼻息が聞こえるほどの口元で?
それに普通なら、走行音やら雑音がするだろうし。回線の混線か?
PCのスピーカーからトラックの無線が聞こえることがあるように?
電話回線でもそんなことがあるのか?
当時の僕が出した答えは、腑に落ちないながらも混線説だった。
一応の答えが出たことで冷静になり、もう一度電話してみる。
履歴からではなく電話帳から。
・・・出ない。
『やっぱり運転中なのか?』
諦めて机に向かう。
参考書に目を通す。
・・・だが、もう一つの可能性を思いつき、心配性の僕の胸は鼓動が早くなる。
『もしや、事故に遭ったとか?』
なんとか通話ボタンは押せても、喋れないとか?
そんな状況ならどうしよう・・・
母の帰宅ルートは山の麓を通る。人目につかない。
僕は混乱していた。
『警察か?救急車か?それとも、原付で捜しに行くか?』
僕は混乱していた。
心配性な上に混乱していて、頭も胃もキリキリと痛む。
そうこうしていると、母の車の音が聞こえてきた。
『なんだ・・・良かった・・・そりゃそうだよな。』
ほっとする。
車は車庫に入り、ドアが開き閉まる音がした。
『バタンッ』
『バタンッ』
二回。
僕は、ちょっと不思議に思った。
いつも母が車から降りる時、ドアの音は一回のはず。
それに、今日は買い物もしていないだろうから荷物も無いはず。
不思議になりながらも、安堵していた僕は玄関まで迎えに行った。
母「ただいま」
僕「ん」
母が帰ってきた。
荷物はいつものバックが一つ。
反抗期らしく僕は無愛想に返事する。
居間に行って電話したことを告げると、運転中で気付かなかったと返された。
あの不思議な電話の事を話そうとしたら、母が先に話しだした。
母「S川って知っとるやろ?ほら、こないだ四人殺された事件の」
(当時、隣町で一家四人惨殺事件があり、死体は川に沈められていた)
母「帰りにS川沿いを通ってたんよ。それでちょうど死体が上がった辺りに差し掛かった時、車(プリウス)がね、助手席のシートベルトをお閉めください。って言うんよ。誰も乗ってないのにね。
あんた、こういうの好きやろ?」
僕はゾっとした。
僕の中で今までの不可解な現象が繋がったように感じた。
今思うと、車のセンサーの誤作動であろう事だが・・・
しかし、その日の僕には何か異様な恐怖が込み上げてきて、勉強どころではなかった。
僕は恐る恐るに母に尋ねた。
僕「今日さ、車から降りる時さ、ドアの開け閉め二回したよね?なんで?」
母「ん?一回しかしとらんよ」
霊感が全く無い僕の、人生唯一の怖い体験でした。