オレがガキの頃、近所にAという幼馴染がいた。
学年も同じで、毎朝一緒に学校へ行った。
Aは何故か未来のことをよく知っていて、その頃に夢中だった漫画とかアニメとかについて、来週どうなるかを教えてくれた。
なんで知っているのか気になって、一体どこから聞いてきたんだと聞くと、
Aは「夢で見た」と言っていた。
おそらく予知夢みたいなものだったんだろうけど、その頃のオレはアホだったので、
「いいなー。オレも夢で見たいなー」
としか思っていなかった。
お互いに五年生になった時、Aは死んだ。
トラックにひき逃げされて、即死だったらしい。
Aの葬式は身内だけで行われ、遺体を前に最後の挨拶も出来なかった。
オレはしばらくAが居なくなったことを自覚できなかったけど、Aの妹が寂しそうにしているのを見て、少しずつAの死を認識していった。
そして十数年が過ぎた最近の話。
先月、田舎に帰省した。
Aの家の前を歩いていたら、Aのおばさん(母)に会った。
「おひさしぶりです!」
「あら、○○(オレ)君。すっかり大人になったねえ」
なんて軽く立ち話をして、Aに線香でもとA宅にお邪魔した。
Aに線香をあげてから、またおばさんと世間話。
ふと、廊下からパタパタと、歩く音が聞こえてきた。
「○○にいちゃん!」
Aの妹だった。
Aが亡くなってから、オレはAの妹が寂しそうにしているのが見ていられなくなって、毎朝Aの妹と色んな話をしながら学校に行っていた。
そのうち、自然とオレのことをお兄ちゃんと呼ぶようになっていた。
そのままAの妹と二人で世間話。
「彼氏は出来たか?」とか、
「大学はどうだ?」とか、
まぁ色々と。
そのうちAの話題になって、ふと聞いてみた。
「ひき逃げ犯は捕まった?」
「あ、うん、大丈夫・・・」
何か触れちゃいけないことに触れてしまったらしい。
それ以上は聞かなかった。
家に帰って夕食の時、おふくろに聞いてみた。
「Aってトラックにひき逃げされたんだよね?」
「あぁ、A君?そう言ってたんだっけ・・・」
「そう言ってたってどういう意味?」
「確か・・・詳しく知らないけど、変死とかなんとか」
「変死?脳卒中とか?」
「よく知らないけど、子供達にショックを与えないためとか、車に気をつけさせるようにとかで、トラックにひかれたって話になったんじゃなかったかなあ」
「んじゃ、ひき逃げじゃないのか」
「うん、そうだけど、詳しいことは知らないねえ」
謎が深まってしまった。
その夜にAのことが気になって、卒業アルバムや文集を引っ張り出して、片っ端から読んでみた。
Aの文章は至って普通だったが、
「同じクラスの人を書いてみよう」
という特集ページに、Aのことを書いている文章があった。
「A君は未来を知っていてすごい、火事とかも知っていてすごい」
みたいなアホな文章だったが、それで思い出した。
オレはAとの通学途中、毎朝のように未来の話を聞いていた。
オレの動機は至って自己満足で、好きな漫画やアニメの来週の話が知りたくて知りたくてどうしようもなくて、アホみたいに毎日教えて君していたが、たまに全く関係ない話をすることがあった。
ある朝、Aが家から出てくると、腕に包帯をしていた。
きっと、オレはアホな語り口で話しかけた(と思う)。
「どうしたそれ?」
「昨日の夜に火事があって、やけどした」
「え、火事?どこ?痛くない?」
「学校へ行く道の途中に、茶色い犬いるじゃん?あそこんち」
「マジで?見に行くぞ!」
「おう!」
二人でその家に駆けて行ったんだけど、家は火事にはなっていなかった。
茶色い雑種の中型犬が、いつもと変わらずオレ達に向かって吠えるだけだった。
「何だよー、嘘かよー」
「いや、嘘じゃないもん。ホントに見たし」
その何日か後、その家は全焼した。
ちなみにその火事では、誰も死んでいなかったと思う。
怪我がなくて何より、みたいな話を聞いたし。
あとから新しい家が建って、あの犬も戻ってきていたと思う。
その件でオレとAは、
『Aが夢で未来を見ている』
という結論に達した。
その頃、『1999年7月にはノストラダムスの大王が~』みたいな、世界の終わりがやって来るぞ!的な話が流行っていて、オレはAに、
「1999年7月に、地球がどうなってるか見てきて」
と言った。
何日かしてAはオレに言った。
「なんにもなってなかった」
「何だよ、つまんねー」
「でもすごいゲーム機とか見たぞ」
「え、マジ?教えてよ!」
ということで、
やはり予知夢を自己満足にしか使えなかった、アホなオレ達だった。
Aはその後、どんどん未来のことを、と言うか、未来のゲーム機について教えてくれるようになった。
今で言う、Wiiとか任天堂DSみたいな話も聞いた。
最後の方は、
「でかいテレビから、恐竜とか飛行機が飛び出してきた」
みたいなことを言ってたから、3Dのゲームなのかな。
今よりももっと先の未来を見ていたのかも知れない。
それから程なくして、Aは亡くなった。
文集を持ったまま、色々と思い出しているうちに、やはり死因がどうしても気になって、Aの妹に電話した。
「明日ヒマか?」
「昼間なら大丈夫だけど」
「んじゃ兄貴だからメシでもおごってやろう」
と言って、半ば強引に約束を取りつけた。
翌日、Aの妹と郊外のアウトレットに行き、メシを食って、午後3時前にはそこを出た。
帰りの車の中で、Aの思い出話をする。
どう切り出すか迷ったが、Aの妹がAの予知夢の話をしたので、ここぞと思い、こう切り出した。
「予知夢が見られるなら、トラックの件も先に気づければよかったんだけどな」
「うん・・・あのね・・・」
「ん?」
「これ本当は言っちゃいけないって言うか、言うなって言われてるし、あまり話したくないんだけど・・・」
「うん」
「お兄ちゃん(A)、トラックじゃないの」
「・・・どういうこと?」
少し間をおいて、Aの妹は話し始めた。
「あの日のことだけど・・・
お兄ちゃんと私は一緒の部屋に寝てたんだけど、朝起きたらお兄ちゃんはまだ寝てて、私は一人で居間に行ったの。
しばらくしたら突然うちらの部屋から、お兄ちゃんの叫び声が聞こえて・・・
『ギャアアア!!』って。
お母さんが慌てて部屋に行ったら、お母さんも悲鳴あげちゃって。
びっくりして私も部屋に行ったんだけど、
そしたらお兄ちゃんが・・・」
オレは黙ってAの妹の、次の言葉を待っていた。
「・・・焼けて死んでた」
「焼けて?」
「黒こげって言うか、真っ黒って言うか・・・」
Aの妹の手が震えていた。
オレも少し震えていた。
「私が部屋を出てからほんのちょっとの間にそうなって・・・」
オレは正直言葉を無くしてしまって、ただ頷くことしか出来なかった。
「ごめんなさい。変な話しで・・・」
「いや、いいよ。オレもAの最後のことを、ずっと知りたかったから」
オレはその時、頭の中でぐるぐると考えていて、もしかして人体発火現象ってやつか?
と思い、さらに一つだけ聞いた。
「ごめん。一つだけ聞きたい。人体発火現象って知ってるか?」
「・・・うん。前に調べたことあるけど、あれじゃないと思う。
まるで炭のようになってたって後から聞いたから」
ほんのちょっとの間で炭に?
そんなことがあるのだろうか。
どういうことだろう・・・
オレとAの妹は、そのまま言葉を交わすこともなく、そのまま車を走らせ、
「またね」の挨拶で別れた。
そして、悶々として今に至る。
ここからはオレの予想でしかないんだけど、
Aは『予知夢で見た火事』で『やけど』を負っていたから、もしかしたら予知夢で凄い火力に遭遇したとか・・・
それでも、人体が瞬間的に炭になるようなことって実際にありえるのだろうか。
オレにはまったく分からないが、Aは最後に一体何を見たのかなあ。