富士の森林にて

富士の森林にて 俺怖 [洒落怖・怖い話 まとめ]

10年程前の話です。

当時、某IT企業でSEの仕事に従事しており、とあるベンチャー企業のシステム開発の業務の担当をしていました。
この企業の社長は絵に書いたようなワンマン社長で、打ち合わせにに何かと口を挟んでくるため、設計が2転3転し、工程が大きく遅れる自体が発生していました。
集中的に時間を取って設計を固めよう、と社長の提案で、関係者で富士山にある社長の別荘に、泊りがけで合宿を行うことになりました。

富士山という場所以外は何も知らされず、車に乗せられて移動してきたので、正確な住所はわかりませんが、少なくとも車で移動できる範囲にあるので、麓であることは容易に想像できました。
このあたりには別荘が集中しており、テニスコートも数多く設置されていました。

到着したのは16時過ぎだったので、その日はパーティをし、打ち合わせは翌日から行うことになりました。
初夏だったので、まだまだ日差しは明るかったので、軽く散歩でもしてこようと外に出て、気の向くままにフラフラと歩いていました。
別荘の表側は舗装されており、向かいにはテニスコートがありますが、裏側はうっそうと木が茂っており、そのまま山中へと続いているようです。

これって、もしかして富士の樹海に続いているのだろうか、、
と思って見ていると、50m程先に人が歩いているのが見えました。
40歳ぐらいの男性と、5歳ぐらいの女の子が手をつないで歩いているのです。
親子連れなのだろうか、、しかし彼らの向かう方向は自分と反対方向、つまり森の中へ向かっているのです。

犯罪?と頭をよぎりました。

あの男は幼女を森の中に連れ込みいたずらをしようとしているのかもしれない、このままでは殺されてしまうかもしれない。
別荘に戻って人を呼んでこようとも考えましたが、彼らはどんどん森の奥に進んでいきます。
それではとても間に合わないと思い、彼らを追いかけることにしました。

「おーい」と声をかけました。

彼らは全く声が聞こえないのか、振り向く素振りさえ見せません。

さらに大きな声で、「どこへ行くんですかー」と叫びます。

しかし、やはり彼らはまるで反応せず、どんどん森の奥へ歩いていきます。

しかも、追いかけても追いかけても、差が縮まりません。
そのとき、ハッと思い、後ろを振り返りました。
後ろにはもはや別荘は見えませんでした。
見渡す限り、深い森林、完全に森の中に迷い込んでしまったのです。

道なんてものはありません、追いかけるのに夢中で、どのルートで来たのかも覚えていません。
正面を向き直ると、彼らの姿も消えていました。
前後左右、自分はその方向から来て、どの方向に向かっていたのかも全くわからなくなりました。
しかも、夕刻にさしかかり、辺は薄暗くなってきてます。

やばい、完全に迷ってしまった、、、どうしよう、、、。

そのとき、自分の正面の大きな木の影に、人の気配を感じました。
誰かが、じっと息を潜めて、木の陰から自分を見ているような気がするのです。

しばらくすると、小さく囁くような声が聞こえてきました。

男性の声で、、「ククク、迷ったよ、、、」

続けて、女の子の声が、、「ウン、迷ったね、、、」

得体の知れない恐怖が全身を包みます。

「ククク、死んじゃうかな、、、」

「ウン、死んじゃうかもよ、、、」

蛇に睨まれた蛙のように、体が全く動きません。
そして、自分はこのあと、死んでしまうかもしれない、何故か、そんな気がして来ました。

そのときです。
「おーい」

人の声が聞こえてきました。
社長と上司でした。
2人は自分の後を追いかけてきたのです。

助かった、、、。
安心感でへたへたとその場に倒れ込みました。
気が付くと、木の影の気配は消えていました。

別荘の外で談笑していた2人は、森の中に入っていく自分を見つけ、追いかけてきたのだそうです。
自分の見た男性と幼女の姿は彼らには見えなかったそうです。
ただ、何もない森の中を、取りつかれたように入っていく自分の姿は、明らかに異常な行動に見えたとのことです。
彼らは、目印を落としながら自分を追いかけてきてくれたため、無事、別荘に戻ることができました。

それにしても、あの体験は何だったのか、未だにわかりません。
もし、社長と上司が自分を追いかけてきてくれなかったら、どうなったんだろうと思うと、未だに身震いがします。

★この話の怖さはどうでした?
  • 全然怖くない
  • まぁまぁ怖い
  • 怖い
  • 超絶怖い!
  • 怖くないが面白い