消える死骸

通学路から少し離れたところに大きな墓地がありました。

都内でもかなり有名な墓地です。
正しい通学路を通らずとも墓地を通っても帰ることが出来たので、大概帰るときはそちらから帰っていました。

なんというか通学路の大通りに比べて墓地のほうが緑も多いし人通りも少なく快適だったからです。
寧ろ、墓地と言っても、冬の帰り道でも街頭がしっかりと設置されているので然程暗くも無くあまり怖さはありません。



書こうとしている事の発端は中学1年生の春でした。
実を言うと、入学したてで不良の先輩達の集団が怖くて墓地を抜けて帰ろうとしたのがきっかけでした。

墓地内を歩いているとある垣根の下にスズメが死んでいました。

見つけた時はビックリしましたが、スズメが死んでいるのを見たのが初めてでしたので、暫く観察していました。
まだ死んだばかりで体も綺麗なものでした。

次の日も垣根のそばを通ると同じ場所に死んだスズメが放置されていました。
確かに垣根の下で影になっており見つかりにくい場所でしたが、

「野良猫にも見つからないのな」

とちょっと不思議には思いました。
しかしやっぱりスズメの死体が珍しいので少し嬉しかったのを覚えてます。

その次もその次の日もありました。
段々と目玉の色が白くなり凹みはじめ、蜘蛛の糸みたいな白いのがスズメの体を覆って行くのを中学の行き帰り毎日見ていました。



しかしある日、スズメの体もかなりひしゃげてきた頃、急に無くなってしまいました。
土に還るまで見ていたかったので、すごく残念だったのを覚えてます。

それから一週間ぐらいだと思いますが、同じ垣根の下の同じ場所で、今度はネズミが死んでいました。
勿論、ネズミが死んでいるのなど、やはり初めての事でしたので驚きもありましたがその時は少し嬉しかったです。

スズメの時と同じように、毎日見て通学、帰宅していました。
そのネズミも目が窪み、また白く何かに覆われ始めた頃、忽然と無くなってしまいました。

またいきなり消えたので

「悔しいなぁ。」

と思っていました。



ところがまた暫くして、今度はハトが同じ場所で死んでいました。
かなり大きなハトでしたので、そのハトの朽ちて行く様が楽しみになりました。
ところがやはりそのハトも途中で消えてしまったのです。

本当に悔しかったのを覚えてます。

その頃には既に夏休み前の暑いときで、その垣根のそばを通るとハトの体が臭うほどでした。
なので

「墓地の清掃員が片付けたのかな」

と思いました。



夏休みが終わり、始業式の日でした。

朝、墓地を通ると同じ垣根の下からかなりの臭いがしました。
今度は子猫でした。
ただ、既にかなり朽ち果てており、目玉も無く体はだいぶひしゃげてました。
今度は無くならないようにとその垣根の下に枯れ木の枝やら枯葉を置き見つかりにくいようにしてみました。

一週間ぐらいはそこにあったのですが、やはりあるときその子猫の体も無くなってしまいました。

本当に、悔しかったです。

その後もカラス→ネコと続きましたが、やはり良いところで無くなってしまいました。



中学2年生になった頃、その時はネコが無くなった後でしたが、いつものように垣根そばを通ってみました。

なんと驚いた事にホームレスみたいなおじさんが垣根の前にしゃがみ込んでいました。
それを見た瞬間、全てを悟りました。
同じ場所に動物の死体を置き、時間が経つと持っていってしまうのはこのおじさんなんだろうと。

しばらく垣根の前で立ち止まり、そのおじさんを見ていました。
見ていたというよりは得も知れぬ腹立たしさがあったので、睨んでいたんだと思います。

するとそのおじさんがこっちを見ました。

変な顔です。
喜んでいるのか泣いているのか分からないような顔をしてました。
その顔を見てたらなんだか可笑しくなってきて、

「あははは」

と笑いながら家に帰りました。



その後も鳥やら小動物の死体が続きました。
確かカラスとネズミだったと思います。

そして中学2年生の夏休み前、またそのおじさんが垣根の前にしゃがんでいました。
春以来会っていなかったので、久しぶりだなと思っていましたが、それ以上にいつも良いところで死体が無くなるので腹立たしさのほうが勝っていました。

何かを言ってやろうと思い、死体を持っていかないで欲しいという願いを込めて、

「止めろ!」

って叫びました。

するとそのおじさんが振り向きました。
泣いていました。
泣いていたんですが、段々と気味の悪い笑い顔に変わり、こう言いました。

「酷い子供だなぁ、君は」

酷いのはあんただろ!と思っていたので、またなんだか可笑しくなって来て笑いながら家に帰りました。



夏休みに入ると郊外に住んでいた祖母が死にました。
老衰でした。
なんだかやっぱりひしゃげた体でした。
ちょっと生きているときより小っちゃくなったかなと思いました。
やっぱり見続けられないのが悔しかったです。
燃やさなくても良いのにと思います。

夏休み明け、学校が始まってからはもう墓地を通るのは止めてしまいました。

なんだか腹も立っていたし、それよりも最後まで見届けられない歯痒さがあったからです。



ところがその年の11月に父が死んでしまったのです。
ビックリしました。
しかも事故だったので、ひしゃげてもいませんでした。
結局見続けることが出来ないし、悲しいしその頃のことはあまりよく思い出せません。
でも自分の父親がどういう風に朽ち果てて行くのかを考えると心が痛くなりますが安心します。



それから20年位経ち、この間、墓地のあの垣根のあった場所に行ってみました。
今はその場所も舗装されて綺麗になっています。
そしてそのおじさんがしゃがんでた場所でしゃがんでみました。
何でしゃがんでいたのかやっと分かり、また可笑しくなってしまい、

「あははは」と笑いながら家に帰りました。

そのおじさんも僕と同じだったのです。

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