敦彦

敦彦 俺怖 [洒落怖・怖い話 まとめ]

敦彦は小学2年の途中から転校して来て、最初は『暗い奴だな』という印象しかなかった。
もやしのようにほっそりとした体に、牛乳瓶の底のように分厚いメガネ。
いかにもガリ勉という印象で、休み時間もみんなと騒ぐ事もなく、一人っきりで物静かに読書をしている、そんな男だった。

ある日の放課後、先生に呼び出しくらって怒られた後教室に戻ると、必死に何かを探す敦彦の姿があった。
下校時間で誰もいない教室。
気になった俺は敦彦に声をかけた。

「香川(敦彦)、何探しているんだ?」

「あっ…谷口君。
本…本のしおりを探しているんだ」

よほど大事な物なのだろうか?
敦彦は焦っているようだった。
以前勉強を教えてもらった事もあり、俺は一緒になって探した。

「あっ!…これか?」

木造校舎の床、木の隙間に挟まっていた。

「あぁ、ありがとう谷口君!」

敦彦は見たことがない笑顔を向け、それを見た俺は何だか嬉しくなった。

「このしおりはね……
死んだおばあちゃんが使っていた物で、死ぬ前に僕にくれたんだ。宝物なんだよ」
「そうか、見つかって良かったな!」

俺と敦彦は教室をあとにした。

校門を出るとなんとなく一緒に帰る流れになった。
しばらくお互い無言だったが、珍しく敦彦から話しかけてきた。

「ねぇ谷口君、うち誰もいないんだけど、遊びにこない?
テレビゲームもあるよ」
「マジで!?やりたい!」

テレビゲームなんて買ってもらえなかったので、ワクワクしながら敦彦の家について行った。
(ちなみに、ファミコン以前のテレビゲーム)

「ここだよ」

と言う敦彦の家は凄く立派な建物で、入るのを躊躇してしまう程だった。
敦彦の部屋は10畳以上あったと思う。
綺麗な学習机に沢山の図鑑、超合金なんかもいっぱいあった。

「お前んち金持ちなんだな」

と言うと、敦彦は寂しそうに笑った。

「いくら物があっても、外で激しい運動が出来ないんだ…
体弱くて、お医者さんから運動止められていて…」

どうやら敦彦は、病気で心臓が悪いらしい。
当時は養護学級などほとんどなかったので、こういう子達もクラスに1人くらいの割合でいた。

「香川、お前上手すぎ!
ちょっとは手加減しろよ!」
「えぇー!?
谷口君、手加減したら面白くないよ」

今までほとんど話した事がなかったが、ゲームをしているうちに俺達はすぐに打ち解け、帰る頃にはお互い呼び名も変わっていた。

「敦彦、また勝負しような!
次は負けないからな!」
「次やってもタニヤンは勝てないと思うよ」

それから俺達は急速に仲良くなった。
学校でもよく話すし、敦彦はほかのクラスメートとも話すようになった。
3年生になってもクラスは同じになり、楽しい毎日を送っていた。

ところが4年生になる頃、養護学級が出来る事になり、敦彦とクラスが離れ離れになるという話を聞いた。

「敦彦、クラスは変わるけど、今まで通り遊ぼう」
「タニヤンありがとう。
僕もずっと友達だと思っているから」
「当たり前だろ!
まだお前には一度もゲーム勝ってないんだし、これからもバンバン遊びに行くからな!」

そう約束したが、4年生になると敦彦の体調が思わしくなくなり、検査入院や自宅療養であまり会えなくなってしまう。
何度となく訪問したが、そのたび敦彦の母さんは申し訳なさそうに

「ごめんね」

と謝る。
俺は心配する事しか出来なかったが、5年生に進級して間もなく敦彦は亡くなってしまった。
初めは信じらんない気持ちだったが、通夜の後にっこり笑う敦彦の遺影を見て、

『本当にお別れなんだな』

と思ったら、悲しくて涙が溢れてきた。
俺は心にぼっかりと穴が空いたようだった。

悲しみも癒えてきたある日、同じクラスの裕二と秀樹に誘われた。

「おっ!タニヤン、これから○○公園に遊びに行かないか?」
「いいよ!何して遊ぶ?」

そう言うと、裕二は勿体ぶって話し始めた。

「公園の裏山知ってるだろ?実はな……」

秀樹と裏山の奥に秘密基地を作ったらしく、その近くに砂防ダム(小さなダム)があり、そこで魚がたくさん釣れると言う話だった。
俺は一旦帰宅してランドセルを置き、釣り竿を持って裕二達と公園で合流した。

基地は結構近く、廃材を柱に、壁や屋根はダンボールやシートで囲っただけのチャチなものだ。
だけど外で遊ぶのが当たり前の時代、その時はそれがとても楽しかった。
基地でお菓子を食べ終え、釣りをしに向かったのだが、ダムまでの道のりは思ったより遠く、草薮をかき分けながら奥まで進んで行った。

20分くらい歩くと開けた場所に着き、小さなダムがあった。

「やっと着いたな…ふぅ」

道なき道を歩き続けて3人とも少し疲れていた。
裕二の話だと上流側が釣れるとの事だったが、見ると秀樹は既に釣り糸を垂らしていた。

「特等席もーらい!早いもん勝ちだ!」

秀樹が得意気に言うと、裕二が

「お前ずるいぞ!俺も隣で釣るわ!」

と、秀樹の隣を陣取った。
その様子を見て、俺は笑いながら対岸から釣り糸を下ろした。

言ってた通り本当によく釣れた。
裕二達の方は。
一匹も釣れない俺は対岸に移ったが、釣り場所がないので、

「俺もう少し上流行ってみるわ」

と、かき分けながら上がって行った。
辺りは一層草が生い茂って足場がなく、俺はどんどん登って行く。
5分くらい登ると、さっきよりも広く静水している場所を見つけた。
よしここで釣ろう!と、俺は釣り糸を垂らした。
すると早速魚がかかり、その後も面白いように釣れ俺は夢中になっていた。

気づけば日も傾きかけてきたので、竿を片付け戻る準備を始めた。

カサカサ……カサカサ…

まさか熊じゃないだろうな?
注意深く辺りを見渡すが何も見えない。
気のせいか?と思い、下流に向け歩き出すと背後から、

カサカサ……カサカサ…

間違いない何かいる!
俺は素早くうしろを振り向いた。

「あぁぁ…」

すぐ後ろには男が立っていた。
帽子を被りリュックを背負ったその男は、口から血が混じったような涎を垂れ流し虚ろな目をしていた。
俺は喚きながら魚を投げつけ走り出した。

「うわぁぁー!わーっ!」

逃げている最中は恐ろしくて振り返る事が出来なかったが、耳元から男の声が聞こえる。

「苦しい……オォォ…」

止まったら終わりだ!
誰か助けて!

そう思いながら走っていると、足元をとられ転倒してしまった。
もうお終いだ!
立ち上がる気力もなくなってうずくまっていると、懐かしい声が聞こえる。

「タニヤン…タニヤン…」
「敦彦……?」

おそるおそる立ち上がり振り返ると、男の姿はなく敦彦が立っていた。
俺は何がなんだか分からず呆然としていると、敦彦は何か呟きにっこりと微笑んで消えてしまった。
俺は敦彦がいた場所を見て涙を零しながら叫んだ。

「ありがとう敦彦!お前助けてくれたんだな!」

あれから30年近く経つが、敦彦は今でも大事な親友だ。
なぜなら、消える間際の言葉が物語っている。

「僕達ずっと友達だろ」

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