太陽系の一番外側を回る太陽系10番目の惑星・金王星。
地球からの距離は44天文単位(1天文単位は地球から太陽までの距離)で、そのため地球に金王星からの光が届くことはないので誰もその存在を知らない。
しかし50年に一度だけ金王星は地球に接近し、その光を二人一緒に見たカップルは結ばれると言われている。
俺が金王星の話を初めて聞いたのは高校の時、部活中の怪我で入院したときの事だ。
俺が入れられたのは4人部屋で、俺の他に入っているのは一人だけだった。
俺より少し年下くらいの女の子で、大人しそうな子だった。
彼女は星を眺めるのが好きだった。
夜はいつもベッドから空を見ていた。
そしていつもこんな事をつぶやいていた。
「金王星は見えないかな」
ある日、いつもはこちらから話しかけても何も話さなかったあの子が自分から俺に話しかけてきた。
「金王星って知ってる?」
彼女は俺に金王星について色々話してくれた。
金王星はとても小さくて遠い星で地球の人はその星のことを誰も知らないこと…
金王星の光を好きな人と一緒に浴びると幸せになれるということ…
金王星の事を話す彼女の姿はとても生き生きして見えた。
話が終わったあとで俺たちは一緒に金王星を見る約束をした。
彼女にとってはちょっとした恋人気分だったのかも知れない。
しかし人間というのは勝手なものでで俺の方はと言えば退院の頃にはそんな話はすっかり忘れていたのだった。
彼女から俺の携帯にメールが来たのは退院から数ヶ月経った夜、友人の家で集まって飲んでいたときのことだった。
彼女からメールが来たのは3ヶ月ぶりくらいだったと思う。
その間に俺は大学生になり、彼女にメールのアドレスを教えたことさえも忘れていた。
「金王星を見ましょう」
一言だけのメールだった。
しばらくなんのやりとりもしていなかった罪悪感(と言うのも変な話だがから本当はすぐにでも彼女の所に行ってあげたかったのだが、友人に「彼女か?」と冷やかされるのが嫌で行かなかった。
結局飲み会がお開きになったのは2時くらいになってからで、それから俺は慌てて病院に行った。
今思えばあのときもっと早く行ってあげていれば彼女はあんな事にはならなかったのかも知れない。
あの病室に彼女の姿はなかった。受付で教えられた場所は集中治療室だった。
手首を切ったらしい。
テレビなどで見たそのままの、酸素マスクをつけて体中に点滴の針を刺された彼女の姿がそこにあった。
意識はあるようで、俺の方を見て何か言った。
付き添いの看護婦の人がマスクを外してくれた。
彼女の声はかすれていたが俺にはこう言っているように聞こえた。
「キンノウセイ・・・」
と。
その後彼女の容態は急変し、そのまま死んでしまった。
あっけないほどあっという間のことだった。
それから俺は金王星について色々と調べてみた。
しかし金王星という名前はどんな文献にも載ってはいなかった。
しばらく経ってから俺はあのとき付き添いをしていた看護婦さんから、彼女は元々精神に異常があってここに精神科の患者として入院していたことを教えてもらった。
外科にいたのは階段で足を踏み外して骨折したからだったそうだ。
「金王星」は彼女の妄想の産物にすぎなかったのだろうか?
桐原さんは俺の話を聞いたあと、なぜか浮かない顔をして黙ってしまった。
「・・・荒唐無稽すぎてなんて言えばいいのかわかりませんよね?すいません変なこと言って」
桐原さんは首を振った。
「ううん。興味深い話だったよ。・・・ねえ杉本君、気悪くしないでね。私思ったんだけど・・・」
「その子、『金王星』って言ったんじゃなくて『君のせい』って言ったんじゃない?」