17歳のころの話。
その日隣の奥さんから
「あたしの働いてる旅館で年末人が足りなくなるからバイトしない?」
という話をもらいました。
場所はM県にあるS並という温泉街です。
すぐに親友に連絡して二人で働くことを決めました。
不可解なことは初日から起きました。
その日、夕方からの仕事だったので15時頃旅館に着き、お世話になる間寝泊りする部屋に案内されました。
318号室という3階の端の部屋。
荷物を置き、着替え、厨房へ。
そこでお膳の内容や布団の敷き方等、仕事内容を教わり初日の仕事を終えました。
そして夜、温泉に入り一通り終え寝るだけになったのですが、夜更かしするのが当たり前のような仲だったので次の日の仕事も早かったのですが、起きてました。
すると親友がふと
「灰皿ないな」
そりゃそうです未成年ですから。
多分旅館の人も用意してくれなかったんだと思います。
「エントランスにあったな」
親友が思い出したように言います。
「行くか」
二人でエントランスに向かいます。
エントランスには来客用の小さなテーブル、イスそして灰皿。
テーブルを挟み向かい合うように座る。
友達との距離は1mもないです。
私の後ろ側に自販機、友達の後ろ側に通路を挟んでご飯を食べるラウンジがあります。
するとゴーンという音と共にかけてあった柱時計が鳴りました。
時刻は午前2時37分。
「は?」
ちょっとびびったこともあって思考が働かなかった。
こんな時間に鳴るのか?
古いから壊れてるのか?
そんなことを思ってるうちに親友がキョロキョロしてるのに気付いた。
「あれ?人がこない」
親友は私の後ろにある自販機の間から人が歩いていくのが見えたと。
二人で確認しにいって驚きました。
自販機の後ろはすぐ壁でその壁が全面鏡張りだったのです。
ということは自販機の間に映った人というのは、私と自販機の間を通る、私たちの間を通る、親友の後ろを通る。
この選択肢しかありません。
私の後ろを通れば親友が、親友の後ろを通れば私が気付きます。
無論私たちの間は通らないでしょうから。
しかし、私の後ろは不可能なのです。
人が歩いてきた方向には中庭が広がっています。
鍵が閉まっているので物理的に無理なのです。
自販機の後側には通路があります。
厳密に言うと鏡張りの裏になります。
(親友はその通路を歩いてきたのだと思ったらしい)
ということは親友の後ろしかありえないのですが、私はソレを見ていません。
「確かに白い服着た人が通った」
と。
変な時間に鳴った時計、鏡という独特の怖さ、私たちは早々に引き上げました。
翌日の朝Sさんに
「ここって幽霊とか出ますか?」
と率直に聞くと
「んなもん出ないよ・・・」
と笑われてしまいました。
何か腑に落ちない感じがあり同じことをYさんに聞くと鳥肌が立ちました。
「黒と白どっち見た?」
と聞かれたのです。
私たちは出るのかどうかを聞いただけで夜のことは話してません。
親友が見たのは白でした。
Yさん曰く白は問題ないのだが黒は厄介だということでした。
親友共々すっかり怖くなってしまい、白状して灰皿を用意してもらいました。
「まぁしょうがないね。
火事だけ気をつけてくれ」
と。
その日は早めに就寝しました。
次の日旅館に来て実質3日目の夕方、3階のパントリーで準備を進めているときのこと。
パントリーとは厨房から上がってきたお膳や酒等を置いておくちょっとした小部屋のことです。
パントリーからはコの字になっている建物の向こう側が見えます。
「コ」の下線にパントリー上線縦線に客室とういう作りなのですが、親友がパントリーから何気なく向こうの1階を見てたところ、変な人がいるのに気付いたそうです。
1階の廊下に並んでる等間隔の窓を行き来してる人がいる、そして何回か行き来したあと消えたというのです。
消えたと言ってもその窓と窓の間の壁から次の窓に現れなかったということなのですが、電話でもしてたんじゃない?
ちょうど壁の位置に部屋の入り口あって入ったんじゃない?
そんなことで片付けてしまいました。
翌朝1階の掃除に行きその壁の位置に部屋がなかったのを確認してまた鳥肌です。
親友が言うには
「黒かったような気がする」
とのこと。
そろそろマジか、と思ってきた頃従業員の方に嫌な話をされる。
「今日は人多いから蘭の間使うんだって」
2階にある蘭の間。
従業員の人たちは口を合わせたように同じ話をする
「蘭の間だけは近づきたくない」
蘭の間には甲冑を着て座っている置物?があります。
多分中身はマネキンか何かなのですが甲冑が本物のため、人と同じ大きさ。
「あの部屋だけはマジでヤバイ」
そんなこと言われても支配人には逆らえません。
お膳を用意するために蘭の間の扉を開ける。
いました。
正面のド真ん中に堂々と座っている甲冑武者。
「これか~」
と親友と眺め、近づき観察する。
と、親友が
「こんなもんが怖いのかね?」
と。
「幽霊の話したからからかわれてるんだよ」
といい甲冑を触る触る。
つっついてみたり挙句デコピンまでかます始末。
「あの話マジだったらお前呪われるぞ」
と言ったが聞かない。
「絶対なんもないってー」
そうこうしてるうちに従業員の方が入ってきて準備再開。
無事仕事を終え、温泉に入り、布団をしき、明日、最終日へ。
という感じだったのですがどうも親友の様子がおかしい。
なんかそわそわしている。
「どうした?」
と聞くと
「いや・・・別に・・・」
と。
「まぁ落ち着けよ」
といって二人して煙草を吸い、従業員からもらったお菓子を食う
(旅館やホテルのテーブルに元々置いてあるアレです)
並んだ布団の間にゴミを置きそろそろ寝るかと電気を消す。
ちょっとすると友達が
「この部屋なんかいるか?」
と聞く。
私は暗い部屋を見渡して適当に
「扉のほうか?」
という。
「いや、お前がわからないんならいいんだ・・・」
後から聞いたのですがこのとき親友は私の頭のほうに歩く何かを見たようでした。
「なんだよ怖いな」
とか話しながら沈黙。
そして私も何かを感じる。
説明しにくいのですが空気が動く感じ。
その布団の間のゴミに空気が乗る感じというか空気がゴミを踏みつけている感じがするのです。
簡単に言えば私たちの間20cm程の布団と布団の間をゆっくり歩いてるような。
私は我慢できなくなり
「おい、今何か感じるか?」
と言ったのですが、親友は
「いや、朝起きてから話そうぜ」
と言うのでなんとか寝ました。
起きてから親友が口を開きました
「お前が感じるか聞いたときあったじゃん?
あの時さ」
私は嫌な予感がし、全身を寒気が襲いました。
そしてその予感は当たる。
「俺らの間歩いてなかったか?」
聞いた瞬間鳥肌が総立ちで本当に怖いときは自然と涙が出るようで
「同じことを思っていた」
と。
親友の顔からみるみる血の気が引いていくのがわかりました。
もしあの時
「歩いてるか?」
などと直接的なことを聞いていたら親友は
「電気つけて朝まで寝なかったな」
と言ってました。
あとから聞いた話ですが親友がみた黒い何か。
あの1階の客室の位置はもともとお墓だったみたいでその墓地を潰して建てたと。
そして私たちが借りた318号室。
もともとはYさんが住み込んでいたようなのですが、
「あの部屋はマジ。
気にしたら負け。
蘭の間なんて問題外」
と。
最初に言ってくれればいいのに・・・
それからも人が足りないときにはちょいちょいお世話になり、親友は今その旅館に住み込みとして就職しています。
親友の度胸にもびっくりですが、私が生きてきた中で一番洒落になってない話です。