俺が中学二年のときの話。
体育祭の日の朝、体操着を着て弁当の入った袋を提げて、きげんよく通学路を学校へ向かっていた。
途中に、住宅街には似つかわしくない白壁の土蔵が一軒建ってる。
入口は、道路がわからは見えない中庭に面していて、白壁のずっと上のほうに明かり取りの小さな窓が一つあるだけ。
何気なくその窓を見上げると、無表情な男が中から道路を見下ろしていて、俺と視線が合った。
変だなと思ったのは、ふつう人間が知らない人とうっかり視線が合ってしまったら、反射的に目をそらすか、人によっては微笑むか睨みつけるかするだろうと思うのだけれど、その人はまったくの無表情で、じっと俺の目を見つめ続けていたのだ。
すごく色白で、きれいに頭を散髪した、30前後の男だった。
20秒ほど見つめ合っていた。
やがて俺のほうから視線を逸らして、なにごともなく学校に着いた。
ふつう土蔵の明かり取りの窓の内側には、階段も何もない、ということを知ったのは、ずっとあとの事だ。
もしも暗い夜道で同じことがあったら、たぶん悲鳴を上げて逃げ出していただろう。
そのていどの不気味さは、そのときも感じていた。
実際には、雲一つなくよく晴れた明るい朝で、人通りもないわけではなかった。
だからそのまま登校したのだ。
しかしいま思い出すと、明るい街並みとあの無表情な顔との対比に、かえって寒々しさを感じてしまう。