長い話をするので暇なら読んでください。
人名は少し変えたけど、地元の実話なのでわかる人が読めばわかるかも。
この話が発掘されて、今そこの住人の間でちょっとした騒ぎになってる。
「為松の竹林」という昔話です。
昔、うちの近くの山の麓に「為松の竹林」と呼ばれていた場所があった。
文字通り竹林だったらしいが戦後は住宅地になり、それを知る年寄りももうほとんどいない。
竹林になる前、明治・大正の話だけど、そこには為松という人のお屋敷があった。
為松さんは盲目の楽師で三味線と尺八の名手。
貧しい家の出でしかも盲目。
苦労に苦労を重ねて楽師になったらしい。
しかしそんな過去を感じさせない、洒落た身なりの知的で優しいお爺さんだった。
為松さんには息子が一人いて、この息子には楽才はなかったが商才があった。
起業して貿易関係で成功し、山の麓に屋敷を建てて老いた父に楽隠居させた。
息子は街で暮らし、この屋敷には為松さんと住み込みの使用人だけが住んでいた。
為松爺さんは三味線を人に教えたりしながら、のどかな余生を送れるはずだった。
息子が四十を過ぎてから、屋敷に若い嫁がやって来た。
女は良く働き、盲目の為松さんの世話も使用人まかせにせず進んでやった。
為松さんも献身的なこの嫁を実の娘のように思うようになった。
女は早くに両親を亡くし、天涯孤独だという。
為松さんは自身も苦労人だったせいか、この嫁に同情し、ついには養女にしてしまった。
もうなんとなく先は読めると思うけど、嫁は金目当ての恐ろしい女だったわけ。
偶然か必然か、息子はほどなく事故死した。
ビルからの転落で原因はわからない。
女はさっさと夫の会社を売り渡し、不経済だという理由で屋敷の使用人も解雇した。
為松さんが大事にしていた三味線も尺八も、死んだ奥さんの着物も屋敷にあった金になりそうな物は、全部勝手に売り払ってしまう女だった。
為松爺さんは心痛でみるみる弱り、寝たきりになってしまった。
目も見えないのに使用人はおらず、手の平を返した嫁は爺さんの世話を完全に放棄。
為松さんは食事もろくに与えられず、奥の座敷に閉じ込められ痩せ細っていった。
寝たきりなのに体も拭いてもらえず、粗相した糞尿で悪臭が漂う。
空腹に耐えかねて嫁を呼んでも、「臭い臭い。早く死ね」と怒鳴りつけられた。
近所の人や為松さんの知人が屋敷を訪ねても、嫁は「父は弱っていて誰とも話をしたがらない」と嘘をついて追い返した。
息子が死んで半年も経たないうちに、為松さんも亡くなった。
床擦れした背中の肉は一面腐り落ち、布団から下の畳まで腐汁が染み渡っていた。
生きながら干乾びた為松さんは、飢えと渇きからか喉を掻きむしった姿のまま硬直し、目を見開き真っ黒な口を開け、鬼の形相で死んでいたという。
元気だった頃の穏やかで優しい面差しはどこにも残っていなかった。
財産と屋敷を手に入れた嫁は、為松さんが死んだ奥座敷を壁から畳まで張り替えたがどういうわけか畳は何度替えても、カビが生えて腐ってしまう。
それもいつも決まって、為松爺さんが寝ていた場所の畳からカビが広がっていく。
女はだんだんと恐ろしくなって精神を病み、やつれて入院してしまった。
そしてそのまま高熱を出して死んだ。
うわ言で「御免なさい、御免なさい」と謝り続けたが、数日後に喉を掻きむしって目を見開き、為松爺さんと同じ姿で死んだ。
しばらくして為松さんの屋敷は取り壊され、跡地には竹が生い茂った。
妙な風が吹き溜まり、その音が尺八のように聞こえると噂された。
竹林は薄暗く湿っていて、小鳥や犬猫の死骸がよく転がっていた。
この竹林で取った筍を食べた人が、高熱を出して死んだりもした。
「為松の竹林で取った筍や茸は絶対に食べてはいけない」
「子供はあの竹林へ入ってはいけない」
祖父が子供の頃は、親によくそう言われたそうだ。
戦後その場所は住宅地になり、今はマンションが建っている。
戦争とさらにその後の災害で古くからの住人はいなくなり、そこに竹林があったことなど誰も知らない風情だ。
私も随分前死んだ祖父から聞いた昔話を、今まですっかり忘れていた。
小学校へ通い出した姪っ子が、妙な話をするまで…
「みかちゃんのマンション、うさぎ飼えないんだって」
「すぐ死んじゃうマンションだから、ダメなんだって」
…以上、終わり。
うちは昔からこの近くに住んでる為松さんの遠縁にあたり、この話も祖父にチラッと聞いたことがあったんだけど、本当に忘れてた。
マンションの住人に話したのはうちじゃないし、どこからもれたのかわからないけど、このマンション、地味に騒ぎになってて退去した住人も出てるらしいです。
どうでもいい事だけど「ためまつのたけばやし」と読みます。
為松は私が改変した名前で、為は変えてますが松はそのままです。
件のマンションでは小動物の突然死が多く、飼うのは一切禁止になったそう。
実際は別の理由でペット禁止なんでしょうが、誰かがこの昔話を持ち出してそんな噂が出ているのかもしれません。