唸り声

唸り声 俺怖 [洒落怖・怖い話 まとめ]

4年前、2人目の子供を出産したことがきっかけで、横浜から夫の東北地方の故郷に移住することになりました。
ネットで家を探して、家の内見は義理の妹にお願いしました。
その家というのが、木造平家の一戸建て賃貸で、比較的綺麗な3LDK。
等間隔に同じような家が数戸並ぶ、ちょっとした集合住宅です。
家賃も安く、裏手が山、周りは小川に囲まれており、自然豊かな環境が子供たちにも良いなと思い決めました。

実際引っ越してみると、思った通りの印象で、夫も私もその家がとても気に入りました。
さらに、隣の家族は私たちと同じく横浜からの移住者だったらしく、すぐに打ち解け、子供たちも同年代だったこともあり、家族絡みでの仲良しに。
田舎の人たちに馴染めない中、この家族の存在にとても安心しました。

その後しばらく何事もなく過ごしていたのですが、3ヶ月ほど経ち、雪が降るようになった頃です。
その日も夕方頃から降り始めた雪が、夕飯を食べ終える頃には既に5cmほど降り積もっておりました。
子供たちをお風呂に入れ、寝る支度をしていた時です。
リビングの外から、動物の唸り声のようなものが聞こえてきました。
テレビをつけていて窓も閉め切っているにもかかわらず、唸り声ははっきりと聞こえました。
私も夫も、手を止めて声に注意を払います。

「グルルルルル…ゥゥウウウ…」

というような、低く、それでいて迫力のある声です。
野犬…?それとも、熊…?今にもガラスを破って室内に侵入してくるのではないか…という想像が頭を掠め、とても恐ろしくなりました。
私は子供たちを守る体勢をとりつつ、万が一のためにスマホを握り締めました。
しばらくすると、唸り声が急に

「グルルルゥウグワゥゥウウウ!!!」

というような、何かに襲いかかったかのような声に変わりました。
そして、その声と重なるように

「ギャーーーーギャキィキィイ!」

と、甲高い何かの叫び声が。
その声に、夫が勢いよく障子を開け、窓越しに懐中電灯で照らしましたが、目を細めるばかりで

「何もいない…」

と呟くのです。
私も怖がる長男に部屋の奥に行って毛布をかぶってなさいと指示すると、窓に近寄って外を見ました。

争い合うような声は未だ聞こえたままですが、本当に何の姿も見ることができません。
外が暗いせいかとも思いましたが、それにしては激しく争う声は聞こえるのに、暴れるような音はしません。
痺れを切らした夫が、「ちょっと外行って確かめてみる」というので、私は必死に止め、軽く口論に。
そうこう言い合いをしてるうちに、いつの間にか声は止んでいました。

翌日外を見回ってみたのですが、驚くべきことに、つもった雪の上には何の痕跡もありませんでした。足跡どころか、真っさらなままです。

その日の夕方、どうしても気になったので、隣人に昨夜のことを訊いてみました。
隣人は私たち家族よりも2年ほど長く住んでおりましたので、何か知ってるかと思ったのです。

隣人…Aさんとします。
結論から言うと、Aさんは同じように唸り声を聞いたことがある…とのことでした。
Aさんも最初は熊だと思い、警察に通報したらしいです。
夜中の23時頃。
通報から10分ほどでお巡りさんが来てくれて、付近を捜索したそうです。
が、なんの痕跡も見当たらなかった…と、報告を受けたとのこと。
その頃には既に声も止んでいたそうでしたが、あれだけの声に何の痕跡もなかった…というのはあまりにも不自然だと思ったそうです。

「そういえば、あの日も雪が降ってた」

と、はっとした顔でAさんが続けました。
報告に納得がいかなかったご主人が、お巡りさんと一緒に家の周りを懐中電灯で照らしながら痕跡をさがしたそうですが、やはり雪の上には何もなく、気味が悪かった…と。
翌日、Aさんは近所に住む大家さんにそのことを報告しに行きましたが、その時には既に大家さんの耳にその情報は届いていたそう。
大家さんは90代のお婆さんで、一帯の地主のような方です。
娘夫婦が離れに暮らしていましたが、まだまだ現役で農作業などもこなす豪胆な方でした。
田舎の情報網とは恐ろしいもので、恐らくはお巡りさんから話が行っていたのでしょう。

「度々山から降りてくるんだよ。あまり気にしなさんな。神さんみたいなもんだ」

と、Aさんから話を切り出す間もなく、玄関先の掃除をしながら答えたそうです。
それでもAさんが食い下がると、

「土地柄のもんだから、どうしようもない。嫌なら出て行ってもらうしかないよ。害はないし、あんたも利口になんなされ」

と一蹴されてしまった…ということでした。

そこまで聞いて、気が付いたことがありました。
引っ越してきた当初、子供たちと土地に早く慣れようと散歩をしていた時に見つけて、不思議に思っていたことだったのですが、四方を山と川に囲まれた我が家の背後の山には、〆縄が施された大きな木や、無縁仏と思われる墓が点在していました。
更には、その辺りを散策していたら、たまたま山の手入れに来ていた大家さんから、

「あまり深く入らないほうがいい。迷ってしまうよ」

と指摘されたこともあります。
そこまで大きな山ではないので、その警告が少し不思議でした。

もしかして、それらが関係しているのでは…?と思った私は、それをAさんに伝えると、Aさんも

「たしかに!お墓あるね…!あと知ってるかわからないけど、謎の祠もあるよ。ちょっと不気味」

と、苦笑いしていました。
祠は知らなかったので、驚きました。

そして、

「あとね、あの声だけじゃないから、少し肝に銘じておいたほうがいいかもね」

とAさん。
我が家の並びの家はほとんど全て同じ作りなのですが、玄関がすりガラスの引き戸になっています。
私もAさんも、プライバシーもなにもないその玄関が嫌で、カーテンを取り付けていました。
明かり取り用の天窓は残して。

Aさん曰く、その天窓に影が映ることがある、ということでした。
家の前には街灯があり、その灯りに照らされて、影がウロウロと玄関の前を行ったり来たりしていたそうです。
天窓はかなり高い位置にあるので、そんなところに影が映ること自体おかしなことです。

さらに、その影が現れた翌日には、玄関の前にムカデや鳥の死骸が落ちている…と。
Aさんはもう慣れっこのようで、いたずらに笑いながらそのような話を聞かせてくれました。

ですが、怖がりな私は、明かり取り用…などと言って空けておく余裕はなく、その日のうちに天窓にもカーテンがかかるように設置し直したことは言うまでもありません…。
お陰で影を見ることはなかったのですが、その後鳥の死骸や蛇の死骸が落ちていたことは何度かありました。
…おそらく、その影が来ていたのでしょう。

それからこれは余談なのですが、子供たちが山の方を指差して「お化けがいる」と言ってきたり、Aさん宅の子供たちと家の前で遊んでいた長男が、Aさん宅の子供と一緒にヒステリックに泣きながら助けを求めてきたこともあり、理由を訊くと「山からお化けが来てA子ちゃんを連れて行こうとした」と言っていました。

その後すぐに義実家との関係が悪化し、私たち家族は横浜に帰ることになりました。
AさんとはLINEでやりとりをしていますが、やはり相変わらずに、時折恐ろしい出来事があるとのこと。
Aさん宅も上のお子さんが中学に上がるのに伴い、引っ越しを検討しているそうです。

私の話は以上になります。
長文にお付き合いいただき、ありがとうございました。

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