息子以外の重み

これは、ある日の日曜の昼過ぎ、縁側に敷布団を敷いて２歳の息子を胸に乗せて昼寝をしていた時の話。

しばらく経った頃、急に“息子以外の重み”が胸にグッとのしかかった。
（苦しいなあ。娘（４歳）が乗って来たのかなあ。それにしては重いなあ･･･）
それに、なぜか意識が朦朧として体が動かない。
目を薄っすらと開けて見てみると、息子が俺の胸にしがみ付いて寝ているだけだった。
（そういや、娘は嫁と出掛けたよなあ。何だろうなあ、これ）

そう考えていると突然、「バンッ！」と縁側のガラスを叩かれた。
相変わらず体が動かないので横目でその方を見ると、誰かがガラスにベッタリとくっ付いてこちらを見ている。
はっきりとは分からないが、近所に住む安田さん（仮名）というおばさんのようだった。
安田さんは再びガラスを「バンッ！」と叩くと、今度は

「あんた！何してんの！？」

と怒鳴った。
そして続けて、

「そこをどきなさい！（バンッ！）出て行きなさい！（バンッ！）」

と何度か繰り返した時、息子がビクンとして「うわぁーん」と泣いて起きた。
その瞬間、頭が冴えて体が軽くなった。
俺は息子を抱えながら起き上がり、ぱっと安田さんの方を見た。
しかし、さっきまでガラスにベッタリとくっ付いて怒鳴っていたはずの安田さんの姿がなかった。
ほんの数秒のことだったので不思議に思い、ガラスを開けて縁側から庭に出たみたが、誰もいない。
何か気持ち悪い体験をしたなと、また縁側に戻ろうと何気なくガラスを見ると、手のひらの跡がくっきりと残っていた。

（やっぱり来てたよな･･･）

モヤモヤしながら縁側に座っていると、嫁と娘が帰って来た。
嫁にたった今の出来事を話したが、「夢でも見てたんでしょ？」と鼻で笑われてしまった。

その日の夕方のこと。
４人で夕飯を食べていると、玄関のインターホンが鳴った。
安田さんだった。
町内会の集金に来たらしい。
俺は何となく怖くて、リビングから玄関で嫁と安田さんが話すのを黙って聞いていた。

安田さん「今日の昼間、一度来たんだけど誰もいなくて」
嫁「え！そうなんですか？」
安田さん「車があったからご主人いらっしゃるかと思って、インターホンを鳴らしたんだけど誰も出なくて帰ったんです」
嫁「えっと･･･ああ･･･そうだったんですね。すいませんでした」
安田さん「いえいえ、大丈夫ですよ」

（いやいや、嘘つくなよ）

そのまま黙って聞いていると、安田さんは突然大きい声で

「そうそう、ご主人に言っておいて。怖い顔の女の子が来てるわよって」。

そう言うと、「おやすみなさいね」とさっさと帰ってしまった。
それはまるで俺に聞かせるかのような大きい声だった。
なんとなく事情が分かり、ゾッとした。

実は数日前、同僚と飲んでいる時に怖い話になった。
その時に、俺は小学校の時の同級生の話をした。
愛子ちゃん（仮名）といって、目付きが鋭く、いつも怒っているような怖い顔の女の子だった。
特に虐められていたとかそんなことはなく、普通にみんなと仲の良い女の子だったが、ある時に交通事故に遭って不幸にも亡くなってしまった。
その葬式に出席した時に、同級生の誰かが「愛子ちゃんの遺影写真の顔が怖い」と言い出した。
確かに白黒だったその写真は、いつも以上に目付きが鋭くて怖い顔だった。
俺も同級生に合わせて「めちゃくちゃ怖いな」と言った瞬間、耳元で「コワクナイヨ」と愛子ちゃんの声が聞こえた。
そんな話を飲みの席でしていた。

（ああ、愛子ちゃんが怒って来ているんだ）

そう思った俺は、すぐに「ごめんなさい、ごめんなさい･･･」と謝った。
それ以降、特に変わったことはなかったが、なんとなく安田さんに会うのが怖くなってしまった。
ちなみに後日、嫁が安田さんに縁側での出来事を聞いてみたそうが、あの日の昼間はインターホンを鳴らしても出ないから本当にすぐ帰ったとか。
おまけに、「勝手に庭に入らないわよ」と笑われたらしい。
嫁は「絶対に夢だよ」と言うが、俺は安田さんが嘘をついているようにしか思えなくて、なんだか今も釈然としないままになっている。