Tさん

Tさん 俺怖 [洒落怖・怖い話 まとめ]

はじめに
Tさん、人に話すけど許してください。

この話は、私が大学1回生のときから卒業して1年3ヶ月目に起こった5年間にわたる長い話です。
長い話ですので、大学時代の経緯は掻い摘んでお話します。

私は大学に入学してすぐ軽音楽部に入部しました。
そこにはTさんという見るからにおとなしそうな女の子がいました。
Tさんはいつも一人で、もくもくとキーボードを弾いていました。

夏休み前のある日、練習場でTさんがおろおろしていたので
「どうしたの?」
とたずねました。
「…ヘッドホンを忘れたの…」
「俺、家近くだからとって来てやるよ」

後で聞いた話ですが、これがTさんがサークルに入って初めて交わした会話だったそうです。
思えば、この会話がすべての始まりだったのかもしれません…

その後Tさんと会話した記憶もなく、日々は過ぎてゆき、バレンタイン・デーがやってきました。
私の下宿のポストには、差出人不明の郵便物が入っていました。
シガレット・チョコでした。
その当時、お菓子に薬物を混入する事件があったこともあり、気味が悪かったのでそのまま捨てました。

2回生になり、新入生とともに私の同級生のN君とK君が入部してきました。
私はこの二人とはどうも気が合わず、どちらかと言えば避けていました。

その夏の合宿でのことです。
夜に宴会をしていると突然Tさんがマイクを握り締め、こう言いました。

「私○○君(私のことです)に遊ばれて捨てられたの!」

私は頭が真っ白になりました。
この人はナニを言ってるのだろう?遊ぶって…?
この時点で私とTさんとの間で起こった出来事と言えば、ヘッドホンを貸したことくらいです。
ボーゼンとしていると、N君とK君がTさんを外に連れ出して、なにやら慰めているようでした。

後で聞いた話ですが、Tさんは躁鬱病になっていて、現実と空想の世界との区別があやふやになっていたそうです。

そして3回生になり、私もサークルのスタッフとなりました。
このころからTさんはトランキライザーを常用するようになり、ワインのビンを片手にキャンパスを歩いている姿が目撃されるようになりました。
顔は薬物のため1.5倍くらいに膨れ上がり、意味不明の言葉を発するため講義中に退出させられることもあったようです。
サークルも休みがちなので、スタッフ代表として彼女の自宅に電話して、今後どうするのかを相談しようと思いました。
電話をとったのは彼女の母親でした。
娘が大変迷惑をかけていると何回も詫びておられました。
電話の奥で、柱時計の鐘の音が聞こえたので、なんとなく、Tさんはお嬢様だったんだなぁと思いました。

4回生になり、就職活動が忙しくなったこともあり、サークルにはほとんど顔を出さなくなりました。
うわさでは、Tさんは休学したとのことでした。

そのころから、いたずら電話がかかるようになりました。

…無言

毎日毎日、夜の12時前後に必ずかかってきます。
そのうち、あることに気がつきました。
電話の向こうで柱時計がなっていることを。

卒業後、私は金融機関に勤めましたが、激務のため、1年間でやめてしまいました。
その後、以前バイトしていた社長の世話になり、一軒家にバイトの人たち3人と住むようになりました。

ある日、私は朝から体調を崩し、家で眠っていました。
夜、隣の部屋の子が、「元気か~」とドアを開けました。
目の悪い私は、その子の姿がぼんやりとしか見えません。
なんとなくもう一人後ろにいるようだったので、「誰が来てるの?」とたずねました。
「俺一人や」「ふ~ん」そのときはなんとも思いませんでした。

夜中に目が覚めると、留守番電話にメッセージが残っていました。
再生すると、なんというか、雑音がいっぱい入ったスピーカ・ホンのような状態で、私の大学時代のことをぶつぶついっているようでした。
「誰?」「女?」「サークルのこと?」そんなことを思いつつ必死で心当たりを探っていると電話のベルが突然鳴りました。N君からです。

「Tさんが自殺した。裁断機で左手首を切り落としたらしい」

最初は何のことかさっぱりわかりませんでした。

「そのことで話がある。明日会えないか?」

いつになく真剣だったので、思わず承諾してしまいました。

翌日、N君の下宿にK君と私が集まりました。
N君が私に便箋を差し出し、「読め」と言いました。
そこには紛れもなくTさんの筆跡で、自分は私に捨てられたこと、自分のことでNとKが争っていること、自分は早く結婚したいこと…
およそ事実とはかけ離れたことが書き綴られていました。
K君にも同じような手紙が来ていたのですが、N君は別のところを指差して、「ここを見ろ」とぶっきらぼうに言いました。

自殺があった日が7月2日、手紙の消印が5日…

私は、彼女の死後、両親が投函されていない封筒を見て投函したのだろうと言いました。
そういいながら私はあることに気がついたのです。
留守番電話のメッセージタイムスタンプは4日になっていました。
そのことを話そうとした瞬間、N君が「誰?」と叫びました。
玄関のドアがカリカリとなってます。
誰かが引っかいているような…
そしてドアがガタガタと揺さぶられ、こじ開けられようとしています。

ギッ

少しあいたドアの隙間に見えたのは、手首までしかない女性の左手でした。

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