実家の小さな庭の片隅には、漬物石みたいなものを何段か積んだだけの供養塔がある。
その供養塔は『ヘビ塚』と呼ばれている。
ある日、近所の人がその塔を崩してしまった。
自分達で積み直したが、その夜から数日間、言い伝え通りの様々な現象が起こった。
祖父が近所の住職に相談に行ったが、「自分では無理なので知り合いの住職に助けてもらう。
数日待ってくれ」と言われて待つことになった。
が、寺から祖父が戻ると同時くらいに、近所に住む“自称霊媒師”の女性が噂を聞いてやってきた。
この女性、病人(単なる風邪も含む)が出ると「祟りだ」とか「呪いだ」と言ってやってきては、お祓い名目でお金を請求するので皆から嫌われていた。
我が家も住職に相談済みなのでと断ったが、勝手に庭の方から部屋に上がり、「自分の方が能力が上ですぐに祟りを鎮める」と言って引かない。
女性は正座をして両手を合わせ、なにやらブツブツと唱えたと思ったら、「えい!」と言って床に倒れ込んだ。
そして、「悔しい」とか「無念」とかそれらしく呟くのだが、見物していた近所の子供達が「ヘビっぽくないよね」と言ったのが聞こえたらしい。
自称霊媒師の女性は倒れたままグネグネと動き出し、「もっと供養して欲しいにょろ」、「このままでは祟りをなすにょろ」と言い出した途端、両親と祖父母は明らかに肩が震えていた。
すかさず祖父が、「あそこに眠っているのヘビじゃなくて犬ですよ」と言ったら、女性の動きが止まった。
実は、供養塔に眠っているのは犬。
昔、やっと出来た跡継ぎの男の子が庭で遊んでいたら、当時この辺に多くいたマムシが出て襲われそうになったらしい。
そこを助けたのが、近所に住みついていた野良犬。
元々は『吉』と呼ばれていたこの犬を『ヘビ吉』と命名して我が家で飼う事になり、死んだ後も我が家の跡取りを救ったからとの理由で庭で供養することになったのだとか。
ヘビ塚と呼ばれているから勝手にヘビの供養塔と思っている人が多いが、いちいち訂正するのも面倒なので間違った噂のまま代を重ねている。
ヘビ吉は大変人懐っこかったらしく、供養塔を崩すと現れ、寝ていてもその上をどすどす踏んで駆け回ったり、顔をなめ回したり、廊下を歩く爪の音が響き渡ったり、起きないと足で突いてきたりすると言い伝えがあった。
実際その通りになり、それが一晩中続いて家族は寝不足となったので住職に相談に行ったが、この住職は犬が苦手で知り合いの住職に助けを求めただけだった。
後日、供養の間もヘビ吉は私たち家族だけでなく住職にじゃれついていたらしく、何度かお経が中断して、その度に住職の「うは!」とか「待て!」の声が響いていた。
そして自称霊媒師の女性は、その後は子供達から『にょろおばさん』と呼ばれるようになった。
最近、にょろおばさんが亡くなったと聞いて、子供の頃のこの出来事を思い出した次第である。